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48.『夜の街とスクリーンの中で』

かつて「よんじゅうはち」だったもの

都市開発が進んだ駅前。

幾何学的で整然とした景観に変わった。

ここに住んで10年になるが前からそうだったように堂々と景色だった。


樹木が植えられて、かえって緑は増えたように思う。

等間隔で並んだ木々も意外に悪くない。


昼間の喧騒が嘘のように静まり返った夜の道。

お気に入りの車に乗り込んで走ると不思議と心が落ち着いた。


贅沢にもエアコンをつけたまま、窓を開けて外の風に当たる。

風に髪が飛ばされているが、憑物が落ちていくようであった。


頭風足涼。

勝手な造語が頭に浮かんで、少し恥ずかしい気持ちになった。


煙草を口にくわえて火をつける。

昔、兄が吸っているのに憧れて始めた。


体に有毒であるはずなのにこんなにもおいしさを感じるのは不思議だった。

兄がいなくなった今、止め時かもしれない。


吸い込んだ煙を肺からゆっくり吐き出すと、煙がテールライトと一緒に流れていった。

あれほど怖がっていた孤独が、今日はどこか温かく感じられた。


夜の街は、世界を暗くして視界を縮めてくれる。

具体性が和らいだ抽象的な世界に安心する。


僕は押し入れに入って落ち着くタイプの人間だ。

他にどんなタイプの人間がいるのか知らないが、僕はそうだった。


無限に拡張し続ける世界よりも、小さな世界のほうが性に合っている。


割高と分かっていても、駅地下の車を停めて映画館に足を運んだ。

レイトショーの座席はまばらに埋まっていて普段よりも音が響くようだった。

空席と予約席が反転したような光景が広がっている。


僕はだいたい後方の真ん中に座ることが多い。

背後に気配を感じると、映画に集中できないからだ。


やがて上映が始まる。


最初は、四角い画面を見ていると自覚している。

だが、次第にその輪郭は薄れ、自分と作品が一体化していく。

主人公に感情移入するというよりは、第三者の視点で物語全体に入り込む感覚だ。

スクリーンの中で展開される世界が、自分の一部になるように感じる。


主人公の男が最愛の人を亡くして泣きじゃくっている。

フィクションだと分かっていても、不思議と冷めない演技だった。


このまま映画の世界に浸っていたいと思うのは逃避だろうか。

夜の街も映画館も輪郭を和らげてくれる。


上映が終わるとみんな足早に場内から出ていった。

僕は残ったポップコーンを食べながら無地の画面をじっと見つめた。


たばこの小さな火が見えたような気がした。

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