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46.『ちゃぽんと浴槽の波紋』

かつて「よんじゅうろく」だったもの

風呂場でスマホを握りしめる自分に、ふと嫌気が差した。


赤い再生マークのアプリを閉じる。

気持ちを切り替えて音楽を流そうと思ったが、気持ち悪く感じて止めた。


湯気で曇った棚にスマホを置き、ただぼんやりと浴槽の湯に体を沈める。


「昔、浴槽の中で僕はどうやって過ごしていただろうか」


子どもの頃、何度も水中に潜り、独特の浮遊感を楽しんでいたような気がする。

暖かい浴槽に体を預けるのは言葉にできない心地よさを孕んでいた。


ただ、その感覚をすっかり忘れてしまっていた。

目に映る安易な快楽に脳を委ねていた。


換気扇の音が耳に触り始めた。

30分ほどですると自動で回り始める設定にしている。


ゴゴゴゴゴゴ。


気にもならなかった回転音が、今は雑音に感じられる。


鈴虫の音を風情と感じ取れるのは日本人特有の感性だと聞いたことがある。

純日本人である僕でも、換気扇の羽音には何の情緒も見いだせなかった。


「無音の中で過ごしたい」

そう思った。


音が一切ない静寂の空間をと、換気扇を再び止めた。

瞳を閉じて携帯電話を浴槽から追い出した。


・・・。


浴室がしんと静まり返る中、突然、蛇口から一滴の水が落ちた。


ちゃぽん。


その音は、浴槽の水面に小さな波紋を広げた。

波紋が水中で伝わるように、その音が胸の中に響いた。


何か忘れていたもの。

放置していた何か。


それが微かに揺り動かされた気がした。

それが何を意味するのかは分からない。


無音の静寂と小さな波紋。

その瞬間はやはり温かく、心地よかった。

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