44.『向日葵とヤマアラシ』
かつて「よんじゅうよん」だったもの
無数の向日葵に囲まれた彼女。
麦わら帽子を右手で押さえながら、僕の名前を呼びながら何度も手招く。
そして、両手を広げ、風車のようにくるくる回る。
僕は立ち止まって、無邪気な彼女をじっと見つめていた。
派手な向日葵に囲まれてなお、彼女の笑顔は輝いていた。
首に巻いてきた冷えたタオルで首を滴る汗を拭き取る。
右だけ深いえくぼ、澄んだ声、照れる仕草。
どれも、亡くなった妻にそっくりだった。
彼女は数年前に病気でこの世を去った。
妻と同じ姿をしている彼女を見つめることで、脳内から苦悩が分泌される。
痛みに近い塊が胃の中で膨らんでいく。
無垢な妻がいることで、僕の邪悪さは際立っていた。
その対比に僕は苦しめられてきた。
彼女の優しさを求める心とのジレンマ。
だからこそ、妻が亡くなった時、悲しみの中で小さな安堵も芽生えたことに驚かなかった。
向日葵の中で笑う彼女を見つめながら、自分の業の深さを考える。
光が輝けば輝くほど、影は長く、濃く伸びていく。
妻よりも細く、白い彼女の首筋に目が留まる。
その儚さが、心の中に奇妙な感覚を呼び起こした。
また僕の中にヤマアラシが生まれた。
遠くから響く蝉の声が、どこか現実感を曖昧にしていく。