32.『廃校と母親のわびさび』
かつて「さんじゅうに」だったもの
何度も歩いた坂道も、車で走ればあっという間だった。
子どもの頃、汗を垂らし、熱にうなされながら帰った記憶が脳裏をよぎる。
学校から寮までの距離は短いはずなのに、その日は果てしなく遠く感じたものだ。
時は流れ、私の母校は廃校になった。
田舎ではよくあることだ。
厚かましくも車を構内に停め、最後に思い出の場所を散策しようと決めた。
かつては鮮やかだった黄色い壁は、いまでは亀裂が入り、くすんだ白に変わっていた。
壁の隙間から流れてくる軟らかな水が、静かに地面を濡らしている。
その水がどこから流れ込んできたのか、見当もつかない。
毎日多くの生徒を抱えていた校舎は、今、何を思っているのだろうか。
やっと重荷から解放され、安堵しているのだろうか。
それとも、役目を終えて寂しさと共に燃え尽ているのだろうか。
彼の心のうちを知ることはできない。
ただ、静けさの中に漂う情緒を感じるだけだった。
隣を歩く友人は、赤ちゃんが生まれて母になったばかりだ。
彼女の目には、どんな風にこの廃校が映っているのだろう。
いつかその子どもが巣立ち、静かな畳の上で眠る日が来たとき、今日のこの景色を思い出すのだろうか。
子どものいない私は、ただ妄想だけが広がっていく。
思い出の場所が閉じていく中で、自分の中の空白が、ただ静かに膨らんでいった。