25.『傲慢な大泥棒、意味もなく』
かつて「にじゅうご」だったもの
微粒子は傲慢だった。
人間の肉眼では捉えられないほど小さな存在でありながら、世界中を席巻していた。
肺の奥深くで弾け回り、生命を嘲笑うかのような振る舞いだった。
「私たちは身体を蝕むことに自信がある」
そんな声が聞こえてくるような気さえする。
他の病気と重なれば、その力は倍増し、どんな障壁も風に乗って潜り抜ける。
彼らの行動はまるで大怪盗のようで、大胆不敵に何処へでも入り込む。
侵入できない場所など存在しないように思われた。
その一方で、微粒子たちは自らを「可愛いもの」と装う術も覚えた。
「大病に比べれば、私たちなんて」と、はにかんで微笑んだ。
しかし、その虚構の裏には、確かな破壊力が潜んでいた。
ワクチンの開発は、まるでチキンレースのようだ。
雨の日の洪水を塞き止めることがどれほど難しいかを、人類は再び思い知る。
陰謀論が飛び交い、淘汰という言葉が囁かれる。
誰もが、この事態に意味を見出そうとし、無意味な勘ぐりを始めてしまう。
しかし、彼らには、きっと深い意味も大義もないのだろう。
彼らはただ、単純な生存の追求をしているだけだ。
その存在に意義を求めること自体が、人類の傲慢なのかもしれない。
だが、だからといって甘んじる必要もない。
良くないものは良くないのだ。
その事実だけを冷静に見据え、一方的に睨み続ける。
その視線が、何かを変える可能性を秘めていると信じながら。