19.『サイコロの中の心臓』
かつて「じゅうく」だったもの
家の中には、何かが常に漂っている。
それは怒りの残滓だったり、過去の言葉の残響だったり、あるいは床に散った酒の臭いだったりする。
彼女は、働かない母親の怒りがどこから来るのかを考える。
10年前に買ってもらったゲーム機が、いまだに「恩着せがましい物語」の道具として使われている。それが母の武器なのだろうか。
父の言葉も彼女を傷つける。
「お前は何をやってもダメだ」という誹謗中傷が、彼女の不全感を作り上げているのかもしれない。
あるいは、肌に染みついた煙草の臭い。早く新しい皮膚が生え変わればいいと、彼女は願わずにはいられない。
彼女の嘆きの場は決まっていた。
便所だ。そこは家族の目が届かず、声も遮られる場所。
嘆くとき、彼女は銅像のように静かにそこに座る。
音姫の人工的な音が彼女を守るが、それでも漏れ出す感情は木漏れ日のようにほのかに外へと伝わる。
そんな彼女を、隣家のレトリバーは静かに見つめる。
犬は何も言わない。ただ聞こえないふりをする。
半額シールが貼られた食品を選ぶ日々。
だが、赤ん坊の肌は桃のように瑞々しい。
その肌が半額になることはない。
暖炉の火が揺らぐのを見つめながら、彼女は矛盾を感じる。
マイナスイオンと称されるその揺らぎは、彼女に安らぎを与えつつも、その不安定さが心をざわつかせる。
学校では「勉強ができない子たち」という言葉が飛び交う。
それは単に能力の問題なのか、あるいは機会が与えられなかっただけなのか。
彼女はその答えを知る由もない。ただ一つ確かなのは、声を出せば必ず責任が伴うということだ。
その責任は必然だが、ときにあまりにも残酷だった。
彼女の心は小さなサイコロの中に押し込まれている。
その心臓の拍動が大きくなるたびに、サイコロの賽の目は変わるのだろうか。
わずかな希望にすがりつき、彼女は自問する。
「モガイテミルカ?」
その問いに答えるのは、彼女自身だけだ。