16.『駆け抜けた魂を浄化するために』
かつて「じゅうろく」だったもの
高速道路をひた走る車。
その中で彼は、ハンドルを握りながらぼんやりと前方を見つめていた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
疲れ果てた脳は時計の針の進みすら把握できず、ただ無為に時間が流れていくのを感じているだけだった。
街灯の光が窓を駆け抜ける。
その一瞬の明かりは、まるで何かに追われる精霊のようだった。
慌ただしく線を描いては、すぐに闇に消えていく。
その光景を眺めながら、彼は自分の存在がどこか曖昧になっていくのを感じた。
冷たい金属の装甲と、自分の輪郭が溶け合い始めているような感覚。
それは、彼が「自分」という存在を失いつつある証だった。
運転を開始してどれくらい経ったのだろう。
時計を見ても、数字が現実感を伴って頭に入ってこない。
ただ一つ分かるのは、この走行が何かを埋め合わせるものではないということだった。
彼の意識は車内の空間に漂うように存在しているだけで、何かを見つけるでもなく、どこかへ向かうわけでもなかった。
ふと、燃料計が目に入る。針はゆっくりとEの文字に近づきつつある。
燃料が尽きるのも時間の問題だった。
その光景に彼は薄く笑みを浮かべた。
「心にもメーターがあれば、誰か気づいてくれただろうか」
そう思わず呟いた言葉は、車内の静寂の中で虚しく消えた。
彼は、大切な人を失ったその瞬間から、心のどこかにぽっかりと空いた穴を抱えている。
その穴は埋めようとしても埋まらず、ただ広がっていくばかりだ。
そして彼は、その空虚を抱えながら、闇夜の高速道路を駆け抜ける。
車のヘッドライトが照らすのは、限られた数メートル先の暗闇だけ。
その先に何があるのか、彼には分からなかった。
それでも、彼はハンドルを握り続けた。
もしかすると、どこかで道が終わるのかもしれない。
けれど、その終わりを迎える瞬間が怖いとは、もう思わなかった。