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15.『雨風に心をゆだねて』

かつて「じゅうご」だったもの

雨が横殴りに降りつける中、彼は公園のベンチに腰を下ろしていた。

スーツの肩には雨粒が染み込み、革靴も泥で汚れている。

それでも彼は動こうとしなかった。ただ、雨風に揺れる木々をぼんやりと見つめる。

霞んだ視界に映る枝葉が擦れ合う音だけが、沈黙を破っていた。


「またか……」

彼は深いため息をつく。

職場での失敗や上司からの叱責、同僚とのちぐはぐな会話。

社会という歯車の中で、自分がどこに位置しているのか分からなくなる日々が続いていた。

泣きたくなるような悲しみが胸に広がるたび、何か大切なものが心の奥から削り取られていく感覚があった。


疲れ果てた体と心を抱えながら、彼は毎朝満員電車に押し込まれる。

仕事の波は途切れることがなく、次から次へと課題が押し寄せてくる。

感情を表に出せば弱みになると分かっているから、無表情という仮面をつけてやり過ごすしかない。

それでも心の中では、ひっきりなしにざわざわとした不安が鳴り響いていた。


休日もまた、彼にとっては安らぎの時間ではなかった。

「何かしなきゃ」という焦燥感に駆られて予定を詰め込み、疲れた体をさらに酷使するだけだ。

休んだ気になりたいだけで、本当の意味での休息にはなっていないと気づいている。

それでも、静けさに耐えられない自分がいるのだった。


雨音が耳を覆い尽くし、彼の脳内には霧がかかったような感覚が広がる。

ただ何も考えず、心を空にしてみると、不思議とそれが心地よかった。


空白は空白のままで、そこに意味を求めなくてもいい。

そう気づいたとき、彼の中にわずかな解放感が生まれた。


「俺は傷ついた。でも、それでいいんだ」

彼はそう自分に言い聞かせた。


無為を無為として抱えること、それが今の自分にできる唯一の癒しなのだ。

雨に濡れたスーツを気にすることなく、彼はベンチから立ち上がった。


歩き出す足取りは重いが、一歩ずつ前へ進む。

雨風の中、揺れる木々の下を歩きながら、彼は小さな自分の存在を感じ取っていた。

それでも構わない、と心の中で呟く。

「自分のまま」で生きる道を見つけたのかもしれない。

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