13.『崩れゆく輪郭に朝日が昇れば』
かつて「じゅうさん」だったもの
彼女の微笑みは、一見すると自然なものに見えた。
だが、よく目を凝らせばその口角の動きはどこかぎこちなく、不自然だった。
彼女の瞳はかつての漆黒を失い、くすんだ影が漂っていた。
それは、見慣れた顔が仮面のように感じられる瞬間だった。
別れ際に彼女が手を振った。
その腕の動きは、まるで彼女自身が操られているように神経が途切れ途切れだった。
言葉を発するでもなく、ただぎこちない動きだけが宙を切り裂いた。
「最近、何を食べても味がしないの」と彼女はぽつりと漏らした。
それは単なる感覚の麻痺ではない。
彼女の存在そのものが、意義を失っていたのだ。
何を口にしても空虚な味が拡がるだけだった。
耳鳴りが耳元で囁いた。
鼓膜がさざめき、恐れに張力を失い始めているのだろう。
その囁きは外の世界ではなく、彼女自身の内なる声だった。
「唇が腫れている」
彼女が鏡を見つめながら言った。
それは、ただの身体的な症状ではない。彼女の心に積み重なった負債が、一気に浮かび上がってきた結果だったのだ。
彼女は涙を拭うために片目を擦る。その涙は感情から流れたものではない。
異物が感情を侵食し、その防衛反応として溢れ出たものだった。
夜が更け、彼女の心臓は深く唸りをあげた。
血液が慌ただしく巡り、彼女の身体全体に焦燥感を走らせる。
それでも、彼女は立ち止まることなく、肺を酸素で満たし続けた。
無意識が彼女の自我を守るように、わずかな生命の糸をつなぎ止めていた。
そして朝が訪れる。薄明かりがカーテンの隙間から漏れ、彼女の顔を照らす。
彼女は目を開け、朝日を仰ぎ見た。
太陽が地球を見捨てなかったように、世界がまだ彼女を許容していることを感じた。
それは小さな救いの兆しだった。