12.『バズバグ思考』
かつて「じゅうに」だったもの
闇夜の森を一人で歩く若い男がいた。
人気のない保護区の奥深く、彼はカメラを片手に歩みを進める。
足元で小枝を踏む音が乾いたリズムを刻むたび、彼の胸は高鳴る。
深い闇と静寂の中で彼が目指すもの、それは「バズる映像」だった。
この森は立ち入り禁止の保護区。
だが、男にとってその警告は単なるアクセントに過ぎない。
自然の神秘、未知の危険、そして命を懸けた挑戦。
これらを映像に収めてSNSに投稿すれば、瞬く間に注目を集めることができるだろう。
いいねとリツイートの数。それが彼にとっての「承認」の証だった。
「これは人々に自然の大切さを伝えるためだ」
彼はそう自分に言い聞かせた。
しかし、胸の奥では、もっと原始的な欲望が彼を駆り立てていた。
誰よりも注目されたいという衝動が彼を危険へと突き動かしていた。
森の奥へ進むほど、周囲の闇は深まった。
月明かりは木々に遮られ、カメラのライトだけが彼の道を照らす。
彼はふと立ち止まり、背後の物音に耳を澄ませた。
森の静寂を裂く低い呻き声が響く。
それは動物とも、人間とも判別がつかない不気味な音だった。
彼はカメラを回し続けた。
「これは最高の瞬間だ」と心の中でつぶやきながら、ゆっくりと音の方へ歩み寄る。
心臓は鼓動を早め、手汗でカメラが滑りそうになる。
SNSで再生されるその映像が目に浮かび、彼は興奮を抑えきれなかった。
だが次の瞬間、闇の中から何かが飛びかかってきた。
悲鳴を上げる間もなく、カメラが地面に叩きつけられる音が響く。
彼の視界は暗転し、森の静寂が戻ってきた。
残されたのはカメラの映像だけだった。
その映像はSNSで爆発的に拡散された。
人々は彼の勇気を称える声と同時に、無謀さを非難する声をあげた。
しかし、彼の姿が戻ることはなかった。
彼が求めた「バズる瞬間」は、命を代償にした儚い光だった。