庵さんとの邂逅
待ち合わせの夕刻、郡山駅前の広場では二人の男性によるライブの歌声が響き渡っていた。『小説家になろう』相互かつリア友の幕田卓馬くんはやや緊張気味に「なんとかさん」として活動している自分を待ち構えていた。
「まだ時間あるし、ちょっと歌声を聴きながらこの辺に座って話したいなと思ってさ」
この時間帯に郡山駅前を訪れた経験はあまりないが、土曜という事もあり若者達の賑わいは数年前の状況から考えたら本当に望ましいものに戻ったのだと実感できる。スピッツの名曲をカバーを聴きながら、自分達にとっての新たな『イベント』の作戦会議(?)のようなものを立てる。
そして、そんなものを立ててもあまり役に立たなかったという事実が判明する。
間もなく『武 頼庵さん(藤谷 K介)』氏が我々の前にその姿を見せる。
「どうも!」
<あ、全然想像と違う…>
それはとても良い意味の印象で、『距離感バグっている』(本人談)庵さんは初対面とは思えないほど打ち解けた様子で笑顔を見せてくれる。喜多方と言えばの名物のお土産まで用意してもらい、本来人見知りタイプ幕田くんも立ち話の段階で庵さんに積極的に話をしてゆくような馴染み感が漂っている。
<すっごい気さくな方だなぁ。よかった>
ほっと胸を撫で下ろす。たぶん、昔はよく言われていた「オフ会」という言葉に該当する会合なのだと思うのだけれど、実際に会うまではどういう人なのか分からないのもあって、幕田くんとなんとかさんはこの日までメッセージ上で入念な計画を立てていたのだ。居酒屋の予約の時間までまだ少し早いという事もあり、とりあえず駅構内を何となく三人で歩いてみる。今思うとこの辺りでもう『距離感バグ』は如実になり始めていた。
結局は時間前に居酒屋に入店してしまおうという流れになり、駅からすぐの居酒屋があるビルの中に。
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居酒屋に入店した三人は、飲み放題とコース料理を肴に『小説家になろう』界隈の話や、創作論などについて話す予定であった。ただここでなんとかさんにとっての大きな誤算が生じる。
「なんとかさんの背後におばあちゃんの姿が見えますね」
勿論、三人が居るのは個室なので後ろは当然ながら壁。これはそういう意味ではなく、、、つまりそのそういうものが『見える』方…『見えてしまう』方の、核心をついたような言葉だったのである。幕田くんにも同じように見えているものを説明してくれた庵さん。そして二人ともその内容についてずばり思い当たることがある。背筋が凍るという事は無かったが、一瞬でゾワッとした感覚に。何より自分がそういう人に会いたいと心のどこかで思っていても会える事はないだろうなと考えていたので、その一瞬から世界が激変してしまう。
10年程前に亡くなった自分の祖母には凄く可愛がってもらった記憶があるが、夢の中にも度々現れて何らかの助言をしてくれているように感じている存在。理系出身のなんとかさんは『見えない』側の人間ではあるが、ちょっと特殊な体験をしている過去があっていつの頃からか霊的なものは存在しているように感じている。見えない上に、理詰めて考える癖が邪魔をして何となく不思議な事象を知っているのにその直感に向かって進めないタイプの人間とでも言えば良いだろうか。
庵さんは、いわゆるそういう家系の出という事で、彼の作品の中にもそういう事情が仄めかされている作品が存在する。けれど、我々の中にはどうしても信じきれない心があるのも当然の話で、庵さん自身も当然そういう能力に折り合いをつけて生きているそうだ。たぶん、それぞれの人の経験や体験によってどういう捉え方をするかも決まってしまう部分はあるんじゃなかろうか。見えない、なんとかさんも本人なりに不思議だと思う事を題材にアウトプットしてみたり、物事を選択してきた経緯がある。それにもちゃんと意味があるんだろうなという事も、庵さんとの奇跡的な出会いによって実感できたような気がする。今回の『距離感バグ』は、彼のその能力が理由という事も判明した。
余談ではあるが、ここ数年民俗学に興味を持つようになった自分の最近の関心事が「拝み屋」という言葉である。別な知り合いから、その言葉を聞かされた際に、そういう文化が確かに古には存在していたという事実が了解できたような気がする。
半ば人生相談のような形になってしまった庵さんとのやり取り。『イレギュラー』という言葉が相応しい事態ではあるけれど、幕田くんは全くそれまでとは変わらない態度で庵さんと小説談義に花を咲かせている。ジントニックを飲んでも全く酔いが回らないのはアルコールに強い体質だからだけではない。
「参っちゃった…」
その場で本音を漏らしてしまった、なんとかさん。なんとかさんは脳の構造上、不思議なことが生じる度に参ってしまうのだ。そして自分の中でモヤモヤしていた事に対してのアドバイスもしっかり頂けて、観念したようなカタチ。相変わらず視界に映るのは、雰囲気のいい居酒屋さんの仕切られた場所に並べられた食べ切るのも大変な量のポテトフライや鍋。
<っていうか、幕田くんが特に変わらない様子で居られるのはどういう精神構造なんだろうか…>
それこそがミステリーなのかも知れない。『小説家になろう』内で生じた数々の奇跡のような、必然のような、不思議な繋がり。縁はいつだって不思議なものではあるけれど、それらを引っくるめて最高の出会いの一つなのだろうと感じる。
若い定員さんの時間終了の知らせで、次はカラオケに行くことが決まる。同じビル内にあるカラオケ。なんとかさんと幕田卓馬くんは庵さんが好きだというGLAYやB'zの曲を熱唱し、自分が歌ったB'zの『ミエナイチカラ』の歌詞をたどりながら声にしていた時に、
『まさにこの出会いそのものが…』
と浮かび、そしてあんまり考えないようにした。なんとかさんにもしっかり『バランスの取り方』があるのです。そしてこの世界では、何となくではあるけれどそういう「なんとかさん」の作風が良いと言ってくれている方々が存在します。
多くの事は本当はとても『シンプルな事』なんだろうな、と。それでも思うのは、幕田くんと庵さんともう一度駅の広場のベンチに座りながら『青春』の時間を過ごしていると、奇跡…或いは『稀な連続』の中に居る喜びが湧いてきます。自分の小説の良さを熱弁してくれている友人とそれを見守ってくれている少し年上の喜多方の男性。創作を続けてゆくこと、創作で出来ることを続けてゆくこと、その連続の向こうに『何かが待ってくれている』というのなら、やってみる価値は十二分にあると思うのです。