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転移666  作者: 清鳳
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大槻総理

アヤネの家族が保護されている施設から少し離れた場所に、トラック型の移動式指令車両は、道路脇の木立に半ば隠されるように停められていた。その内部はまるで小型の司令部。

パネルに埋め尽くされた壁。ドローン映像、赤外線マップ、施設内のセンサー状態が絶えず更新される。


中央に陣取る男――天羽は、沈黙のままディスプレイに目を走らせていた。


ジンたちが指名手配されてから、まもなく一週間が経つ。


「……今日来ると思いますか? 例の能力者」


隣の席の若い分析官が声を潜めて問うた。


天羽はわずかに間を置いた。


「さあな。…すぐに襲撃が無かった時点で、やはり奴らは計画性を持って行動してる。——動き出すとしたらそろそろだ」


「本当にここへ来るでしょうか?他の施設や官邸が狙われる可能性も」


「他はテンラに任せてある。それに官邸など、どうでもいい。…重要なのは、転移の能力者を始末する事だ。お前達はそれだけに集中しろ」


天羽の「官邸がどうでもいい」という言葉に半ばショックを受けながらも、分析官は「了解」とだけ答えた。


「施設内の妨害システムは安定してるか」

天羽が短く尋ねる。


「はい、電磁干渉領域、拡張状態を維持。能力者の高位干渉行動は阻害されるはずです。少なくとも、あの“転移”は中には通りません」


「転移不能。つまり、侵入には正面突破しかない。……奴の姿を確認したら、即射殺だ。」


「総理からは、出来るなら捕縛しろとの命令でしたが…」


「転移の能力者など、捕らえられると思っているのか?——甘い判断で、千載一遇のチャンスをこぼして、貴様はその後の被害の責任を取れるのか?」

天羽が分析官を睨みつける。


「配置は二重に固めろ。スナイパー班には、どの方向にも対応できるよう配置を指示しろ。」


「来い。転移能力者…姿を現した時が、貴様の最後だ…」

モニターの光が反射された天羽の顔には冷徹な覚悟の目が光っていた。







執務室に、規則正しい「カチ…カチ…」と壁時計の秒針の音だけが静かに響いていた。

深夜の永田町。

総理・大槻は椅子に深く沈み込み、手元の書類に目を通し続けていた。


外の静寂は不気味なくらい濃く、空気は凍りつくように張り詰めている。

その違和感は、決して気のせいではなかった。


――突然、頭に冷たい金属の重みが押しつけられた。

反射的に体を動かそうとした瞬間、体中の筋肉が一瞬で凍りつく。


「動くな」


刃物のように鋭い低い声が、冷たく響いた。


「誰だ……」


恐る恐る振り向こうとするが、言葉は途切れた。

それは、誰かがそこにいたというより、“いなかった場所に形ができた”ような現れ方だった。


黒いフードを深く被り、顔の半分を隠すマスク。

そして、迷いのない手つきで銃を構える青年――ジン。


「警備はどうした?」大槻の声は少し震えていた。


「さぁな。俺には関係ない」


安全装置が外れる音が、鋭く部屋に響く。

その一瞬で、室内の空気が一層凍りついた。


「転移の能力者か…」


額を伝う汗を感じながら、大槻はジンの冷徹な気配を背中で感じ取っていた。


「そうだ。大槻総理、話がある」


大槻に緊張が走る。言葉を間違えた瞬間に全てが終わるからだ。


「…私も君が来るのを待っていた。」


ジンの脳裏に警告の声が響いた。

『罠だ』——それが第一感だった。


部屋に伏兵が潜んでいる可能性を、否応なく考えさせられる。

無数のシナリオが脳裏を駆け巡り、心拍数が跳ね上がる。


ジンは視線を巡らせた。

部屋は広いが、隠れるような場所は少ない。重厚な本棚が壁一面に並び、応接用の革張りソファとローテーブルが中央に置かれている。

古びた観葉植物が窓際にひっそりと立ち、机の端には書類の山。カメラや監視機器の類は見当たらない。


だが、それでも油断はできない。

この部屋にいないとは限らない。どこか別の場所で見ている者がいるかもしれない。


「銃をおろせ。私は何も仕掛けてはいない。——君も話をしに来たのだろう?」



「お前の言葉をそのまま受け取るほど、俺は単純じゃない。」


静寂が執務室を満たす。

秒針の「カチ…カチ…」が、まるで銃声の前触れのように響いた。


大槻総理は、銃口を向けられたまま、まっすぐにジンを見返した。


「そうだろうな。君が軽率なら、私はもう死んでいるだろう。」


挑発でも、脅しでもない。

それはただ事実を述べたような、静かな口調だった。


「だが——」

彼は手をゆっくりと机の上に置き、両手を見せた。


「私は君が、自らここに来ると信じていた。接触の手段が無い私とってこれは賭けだった。——君が対話を選ぶ人間であるということに。」



「偉く買い被られたモンだな。俺を懐柔しようってのか?」



「懐柔か…そうかも知れないな。——先ずは落ち着いて話をしよう。君と私は、利害が一致するかも知れない。」


ジンは静かに銃口を降ろす。


「まずは君の目的を聞こう」


振り返った大槻の瞳に、一筋の光が宿る。

脅迫者ではなく、一人の対話者として、ジンは少しずつ認められていくのを感じた。


「俺の目的は二つだ」ジンは言った。


「一つ、俺たちを追うのをやめろ。指名手配を取り下げて、アヤネの家族を解放すること」


沈黙の後、大槻はジンをじっと見つめた。


「二つ…。……お前達が非道な実験を続ける少女を今すぐに解放し、その子と家族に2度と手を出さないと約束しろ!」


非道な人体実験を思い出したジンは抑えきれない怒りが湧き出て思わず声に力が入る


大槻はゆっくりと息を吐き、肩の力が抜けたように見えた。


「つまり君は能力者と、その家族を助けるためにここに来たのか…?」


「……それがどうした」


大槻の表情には、どこか安堵の色さえ滲んでいた。ジンが、ただの破壊者ではないと分かり、思わず小さな笑みを溢した。


「……やはり、幕僚長の直感は正しかったようだ。」


「…何の話だ?」


「すまない、私の独り言だ。君の要求は理解した。——だが、今の私の権限だけでは、それを叶えることはできない」


「出来ないだと?」


大槻は言葉を選びながら続けた。


「率直に言おう。確かに私は総理だ。しかし、この国の最高権力者ではない」


「…どーいう意味だ?」


大槻はジンの目をみて諭すように話す。


「この国の権力構造は…君が思っているより複雑なのだよ」


「複雑?お前がトップじゃないのか?」


「そう見えるように設計されている、ということだ」


「つまり……表に見えない権力者がいるってことか」


「察しが早いのは助かるよ」


ジンは、戦争を止める方法を聞いた時のオニの言葉を思い出す。『例え大統領を殺しても戦争は止まらないかも知れない』と。


大槻は続ける。


「政治家の不審死や事故死を聞いたはあるかね。——いや、無いかも知れないな。報道されない事件は、世間から完全に消される。知らないだろうが、ここはそういう世界だ」


「何が言いたい?」


「つまり、私もその影の支配者たちの意思に背けば、消されるだけの存在だということだ。ある者は、メディアに吊し上げられ、ある者は毒を盛られ謎の不審死を遂げた…」


『何だソレ…総理を脅しても意味がないって事か?』ジンの中で焦りが募る。


「だったらその影の支配者って言うのが何処にいるのか今すぐ教えろ!俺が潰してきてやる」


ジンの覚悟を聞いて、大槻はどこか嬉しそうにしていた。——だが、


「…すまないが、私でさえも誰が真の支配者なのか分からないのだよ」


「あ?——話にならねぇッ!そんな言葉で俺が納得すると思ってんのか?」


ジンが怒りを見せ、また銃口を大槻に突きつける。


「落ち着きたまえ。——例え黒幕が分からなくとも、彼らの計画を邪魔する事はできる。」


一拍置いて大槻は続ける。


「彼らが最も恐れているのは、君のような存在だ。私には出来なくとも君になら出来る。——何者にも縛られない…君になら…」



「…つまり、俺を利用しようってか」


「それはお互い様だろう。」


2人の間にしばしの沈黙が流れ、ジンは静かに銃口を降ろす


「俺に何をさせるつもりだ?」


大槻は落ち着いた動きで、机の引き出しを開け、書類の便箋を一つ取り出した。


「君には、奴らの実行部隊の排除を行なってもらいたい。——もちろん容易ではない。彼らは対能力者の武器を急速に開発しつつある。そして、その中にはテンラもいる。」


「…テンラ?」


「君が研究施設で戦った刀の男だよ。あの男はイカれている」


ジンはテンラとの敗戦を思い出し、ギリっと歯を噛み締める。斬られた肩の傷が疼き、手をあてる。


「…あいつかッ!」


「テンラは今も不死の少女の監視を行なっている。そこに突入し、彼らを排除して欲しい。——少女の救出は君の目的の一つだろう?」


ジンは黙ってまっすぐ大槻を見ていた。


「お前の言葉が信用できる保証が何処にある?」


大槻は先程取り出した書類の中から1枚をジンの方へ差し出した。


「確かめればいい。君は千里眼の能力者と行動を共にしているのだろう?」


「…さぁな。」


ジンは差し出された紙を受け取る。中には研究施設の場所と、その詳細が書かれていた。


「誤魔化すか…。まぁいい。

——もし君が実行部隊を排除できれば、君達への執拗な干渉を止める事もできるだろう。」


ジンは暫く考え込んだ。この条件は余りにも自分達に有利過ぎる気がしていた。


「それで俺たちは本当に自由になれるのか?」


「ふむ…。察しの通り、完全に自由とは行かない。——君は、私の管理下に置かせてもらう。」


「俺を手駒にしようってか?俺は誰かの下に付くつもりは無い!」


「私も君を制御できるとは思ってないよ。これは協力関係だ。

——そして、そのための条件を今から話そう…」

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