“アヤネ“
「コレと、コレと…あっ、このブランド欲しかったやつだ♪ これも下さ〜い♪ 全部10個ずつで!」
アヤネが指を差すたび、白手袋をはめた店員が、慎重な手つきでガラスケースから商品を取り出していく。照明に照らされたショーケースには、艶やかなリップスティックや琥珀色の香水瓶、宝石のように煌めくアイシャドウパレットが整然と並び、まるで宝飾店のような気品を放っていた。
天井は高く、白と金を基調とした内装が広がっている。中央には大理石の円柱がいくつも並び、その間を縫うように、洗練された客たちがゆっくりと行き交っている。
サングラスをかけ、華やかに着飾ったアヤネはその中心で、まるで王女のように笑顔を振りまきながら、「さっ♪ 次行きましょ♪」と楽しげに呟いた。
珍しくきちんとしたシャツに袖を通していたジンは、両手いっぱいに紙袋を抱えたまま、その姿を見て呆れ顔を向ける。
「お前……まだ買う気かよ?」
「良いじゃない。お金、いっぱい持ってるんでしょ。パパ♪」
「誰がパパだ!俺はまだ20代だ!」
「そうだった!チェリーだったもんね〜♪」
「だから、チェリーでもねーっつの!」
無邪気にはしゃぐアヤネはジンをからかいながら、楽しそうに振り返りながら前を歩く。
――数時間前
アマゾンから戻った、翌日の朝。
ジンは今後の動きを考えながら、リビングで勉強するライラを眺めていた。自分に立派な学歴はないが、生きていくための知識くらいは教えてやりたいと思っていた。
分からないことがあれば、天才のオニ先生が教えてくれていた。
「ライラのケガもスッカリ良くなってきたな。そろそろカリムに会いに行くか。 心配しているだろうし。」
ライラは元々、紛争孤児でカリムという男に面倒を見てもらっていた。爆撃でケガした流れでジンが預かっていたが、ケガが治れば会いに行くと約束していた。
「――でもその前に、中東の様子をもう一度見に行かないとな。 安全じゃないところにライラを連れて行くわけには行かない。」 そんな事を考えていた。
そのとき、廊下からアヤネが現れ、腕を腰に当てジンの前に立った。なにやら言いたげな顔で、じっとこちらを見ている。
「…どうしたんだ?便秘が漏れそうみたいな顔して」
「どんな顔よ! 意味わかんない! ――コスメが切れた!」
「なんだよコスメって」
「化粧品のことよ! 何で知らないの?アンタ、 チェリーなの?」
「は? チェリーじゃねぇしっ!!」
ジンは少し恥ずかしくなり顔が赤くなる。
「チェリーって何?サクランボ・・・?」
聞いていたライラがチェリーの単語に反応する
「チェリーってのはな・・・」
「オニ先生〜!それは説明しなくて良いからね〜」
ジンは笑顔だったが、目は笑っていなかった。
「アーシにくっ付いた時、顔真っ赤にしてたくせにっ!」
「ジンさん、顔真っ赤にしてたの?」
「ライラは、お勉強に集中しようね〜」
「だいたい、アンタの選んできたやつ趣味が悪いのよ!自分で選ぶから買い物連れてって!」
「買い物って、俺たちの状況分かってんのかよ」
「良いじゃない、ちょっとぐらい!アーシだって色々と協力してあげてるんだから!それに、アンタの能力なら、海外にもサクッと行けるんでしょ?」
アヤネからの強い圧を感じているジン。確かに海外なら自分達の存在を知る人間は居ないだろう。
「そーだ!パリ行ってみたい!連れてって!じゃなきゃもう能力使ってあげないから!」
「…ぐっ」
——そして現在に至る。
嬉しそうに前を歩くアヤネを見て、ジンはふとライラの事を思った。
「ライラも、何処か遊びに連れてってやらねーとな。あの子、何もわがまま言わないから逆に心配になる」そんな事を考えていた。
「ねぇー!お腹空いて来たからご飯にしよー!アーシ本場のフランス料理食べたい♪」
「逆にコイツは、わがまま言い放題な感じだな…」
「ん?なんか言ったー?」
「なんでもありませんよ…お姫様」
白いクロスのかかったテーブルに、皿が一枚ずつ丁寧に運ばれてくる。
バターでカリッと焼かれたフォアグラが、甘酸っぱいソースに浮かび、鼻孔をくすぐる。
ナイフを入れると、中からとろりと脂が溶け出した。
「……おいしーっ♪」
アヤネが満面の笑みを浮かべて、料理を愉しんでいる。
ジンも初めて食べるフランス料理に、目を丸くしながら黙々と食べていた。
続いて運ばれてきた仔羊のローストは、中心がほんのりピンクで、肉の旨味がじんわりと広がる。
二人の間には少しだけ静けさが流れ、代わりにカトラリーの軽い音と、料理を味わうための余韻だけが残った。
白い皿の上、最後の一口を名残惜しそうに口に運びながら、アヤネがぽつりと呟いた。
「……アーシ、こういう旅行するのも夢だったんだ。」
その言葉に、ジンは意外そうに目を向けた。
普段は冗談ばかりで軽口を叩く彼女が、珍しく静かな声だった。
「そういや……アヤネ。家族は大丈夫なのか?心配してるんじゃねえのか」
一瞬だけ、フォークの動きが止まる。
「……どうだろ。」
アヤネはワインをひとくち飲み、軽く肩をすくめた。
「アーシ、16の時に家出したの。」
「…ケンカでもしたのか?」
「ケンカっていうか…あんな家、もうどうでも良かったの。
家は昔から貧乏で、お母さんはずっと誰かと揉めてた。家には知らない男が毎週のように来てて。父親の顔なんてもう覚えてない」
「・・・」
「それで、16で家出して、年齢ちょっと誤魔化して…夜の店で働いてさ。
アタシはアタシでやってきた。家族なんて、もうどうでもいいのよ」
言葉に棘はあるけど、どこか空虚な響きだった。
「・・・」
「なにー?ちょっと同情したー?」
「…同情なんてしてねーよ。ただ……金とか立場とか、皆んなそういうのに押し潰されて生きてきたんだなって。」
ジンは彼女も、お金によって人生を変えられた1人なんだと、勝手にそう感じていた。
「なに意味わかんない事いってんの。まぁいいや、デザート食べよ〜♪」
店を出て、更に数件のブランドショップをまわりアヤネは、やっと満足したようだった。
ジンは両手に荷物を抱えてヘトヘトになっていた。
2人は転移を発動するために、ひとけの無い路地裏へ入っていった。
「さぁ帰るぞ。」
「今日は、ありがとね」
そういってアヤネは、両手の塞がったジンの体に抱きつくように手を回した。
急にしおらしくなったアヤネが密着して、ジンの顔は、また赤くなっていた。
「やべぇ、ちょっと可愛い。」そう感じながらも、必死に平静を装った。
「行くぞ。」
ジンが転移を始めたその時、
「ちゅっ」
アヤネはジンの頬にキスをした。
「コレ、今日のお礼♪」
「——っ!!」
テンパるジンをよそに、光が2人を包み込み、路地裏から姿が消えていった。
ドササッ!
転移し慣れているはずの、アジトの魔法陣絨毯の上に、バランスを崩して2人が帰ってきた。
「イターイっ。何やってんのよ!」
アヤネは直ぐに立ち上がる。
ジンは大荷物を抱えていたので苦戦していた。
「じゃあ、その荷物をアーシの部屋に運んどいてねー。」
アヤネはスタスタとリビングの奥へと歩いていく。
「あー楽しかった♪シャワー浴びよー♪」
「…あの小悪魔め…。」
2人が帰ってきた事に気づいたオニが荷物に押しつぶされてるジンにトコトコ寄ってきた。
「おかえりー。大丈夫か。…ん?どした、顔が赤いぞ」
頬を染めたジンが、荷物の山の下から叫ぶ。
「うるせー!何でもねー!」




