“タナカ“
「君は、たしか・・・」
怪力は少し戸惑いながらも何かを思い出そうとしている。 ジンは彼が暴れていた時の恐怖からか、警戒しながら右手を後ろに回し腰に付けたテーザー銃に手を据える。
「僕に電気ショックを浴びせた人だ! あれは痛かったよ〜」
暴走状態でも攻撃された事を覚えている。 恨まれてるかも知れないとジンの警戒心はさらに上がり、緊張が高まる。
だが、
「ああ! 誤解しないで!・・・君は僕を逃がしてくれたんだろ?」
「ああ、あの研究施設からアンタをアマゾンに連れて放り出したのは俺だ。」
ジンは、あえて突き放すように言った。
恩を着せたいわけじゃない。――あの時、動いたのは、ただ自分の勝手な思想だった。それだけだ。
「いやぁ、助かったよ。 あのまま薬漬けにされていたら本当に頭がおかしくなっていたかも知れないからね」
ジンは怪力の風貌を見て今でも十分おかしいだろと思ったが口には出さなかった。
怪力は右手の丸太と左手に持っていたワニをゆっくりと地面に置く。
「・・・アマゾンか、やっぱりここは日本じゃないんだね。 どうりでワニが居るわけだ! 君には色々聞きたいことあるけど、とりあえずご飯食べない? ワニの尻尾、中々いけるよ~?」
ジンは、怪力のひょうきんな軽口に緊張の糸がほどけ、テーザー銃から手を離した。
小屋の外で焚火を囲み、 炭のはぜる音が静かに響く中、火のゆらめきを見つめながら、ジンは研究施設で起こった出来事を怪力に話しだした。油が滴るたび、ワニの尻尾から香ばしい煙が立ちのぼる。
「そっか。…君も命懸けだったんだね。」
「・・・」
「そういや名前を聞いてなかったね。 僕は 『田中一鉄』 イッテツって武士みたいでちょっと気恥ずかしいんだよね。 だからタナカでいいよ。君は?」
「『鳳仁』 ジンでいい。」
「ジン君か、あらためて礼を言うよ。 本当にありがとう。」
タナカの礼に、ジンは小さくうなずいた。だが心の奥には、どこか引っかかるものが残っていた。
「俺は正義の味方じゃない。あの時だって、自分が正しいと思いたかっただけだ――」
感謝される資格なんて、本当にあるのか? そんな疑問が、ジンの胸の内で静かに燻っていた。
「…おっさn...タナカさんは、なんで研究施設に?」
「ああ、捕まったんだよ。 能力を得てからリアルチューブで配信して稼ごうとしていたのが悪かったのかなー。」
タナカは少し恥ずかしそうに話し出す。
「ある日さ、スーツ着た怪しい二人組がいきなり家に来たんだ。『病気の疑いがあるから検査に来い』ってさ。…こっちは元気そのものだってのに、しつこくて。断ったんだけど、あいつら、帰らねぇの。で、最後は“治安維持のための強制措置”とか言い出してさ――なんだそりゃって感じだったよ。
僕は元々、山で自由に暮らしていたし、そんな人権侵害に従う気は無いとハッキリ言ってやったよ。そしたら特殊部隊が突入してきた。 すでに家を囲んでいたんだろうね。」
「それで、 特殊部隊に連行されたってことか・・・」
「ああ、この力を使って、何人かはハジキ飛ばしてやったけど。四方八方から麻酔銃を撃たれたのかな・・・。 気が付けばあの地下室だったよ。」
タナカの話を聞いて、ジンはそれ以降の詮索はしなかった。 聞くに堪えない薬物実験が行われていたと推測できたからだ。
「お、ワニ肉そろそろ焼けてきたね!」
タナカは慎重に手に取ると、その肉をジンへと差し出した。 生木の枝の先に尻尾肉は、煙と共に、ほのかに芳香を放ちながらジンの手元に近づいていく。
「・・・さぁ! 食べてみて!」
タナカは、どこか嬉しそうにワニの尻尾をジンに差し出す。
生木の枝には焦げた部分と肉の白さが織り交ぜられて、まるで自然の贈り物ようだった。
ジンはしばらくその肉を見つめる、 初めてのワニの肉でこんな不衛生な場所でと少し不安だった。
・・・タナカの顔をちらりと見る。 変わらず笑みを浮かべ、 どこか無言の圧力のようなものも感じ取れた。
「ありがとう」
ジンはゆっくりと手を伸ばし、焼けた尻尾肉を受け取った。肉汁が滴り落ち、その香りとともに、ジンは深く息を吸い込む。焼きたてのワニ肉は、予想以上に香ばしく、食欲をそそる。しかし、それ以上に、タナカの無言の笑みの圧力とその好意を無下にする事はできなかった。
「…いただきます。」
ジンが肉を口に運び、ゆっくりと噛む。焦げた部分が少しパリっとしていて、その後に広がる肉の旨みが口の中で広がる。ワニ肉独特の風味が、火の香りと混ざり合い、少しの塩気を感じると同時に、どこか不思議な満足感を覚えた。
「うめーっ!イケるなコレ!」
タナカはそれを見守りながら、満足そうな顔で火を見つめて静かに言った。
「そうだろ? 僕も初めて食べたときはびっくりしたよ。」
ジンは焼けた尻尾肉を噛み締めながら、思わず顔をほころばせた。
しばらくワニ肉を堪能したのち、ジンが口を開いた。
「タナカさん、アンタこれからどうしたい?」
「どうしたいって?」
「俺の能力なら、何処へでも連れて行ってやる事が出来る。」
ジンの言葉にタナカは暫く考え込んでいる
「…うーん。僕も追われる身になっちゃったからね。あの山には戻れないし…。
君は、どうするつもりなんだい?そもそも、何であんな危険を犯してまで助けに来てくれたの?」
ジンは一息つき、自分の感情を整理するように話し始める。
「理由は色々ある。能力者を研究されて政府に利用されるのは、俺にも危険が及ぶと思ったし、非道な実験が行われてるだろう事を放っておくことも出来なかった。何より政府自体を元々信用してないんだ。」
タナカは真剣な眼差しで、静かにジンの言葉に耳を傾けていた。
「俺たちは、まだ捕らえられたままの女の子を助けに行く。まだ場所は分かってないけどな。」
落ち着いて話すジンの言葉には、どこか決意が滲み出ていた。
ジンの言葉を聞いたタナカは、ふと視線を落とした。焚火の揺らめく光が、その頬の汗を鈍く照らし出している。先ほどまで笑顔を浮かべていた顔から、徐々に力が抜け、代わりに張り詰めたような静けさが広がった。
「君は強いんだね。…正直、僕は怖いよ。」
言葉を口にするたび、彼の目にはかすかな震えが宿った。かつて自由だった山の暮らし、何者にも縛られなかった日々――そして研究施設での実験。
「国家権力にケンカを売ろうなんて、僕には考えられない。…もうあんな目にあいたくない…」
その声は小さく、火の爆ぜる音にかき消されそうだった。だが、その弱音には、無理に笑って生きてきた男の、剥き出しの本音が滲んでいた。ジンを見るタナカの目には、恐怖と、どこか憧れのような光が入り混じっていた
ジンは、タナカの言葉を黙って聞いていた。
目を伏せたまま、何かを飲み込むように小さく息を吐くと、ゆっくりと視線をタナカに向けた。
「……俺だって怖いよ。」
ぽつりと、炎のはぜる音にまぎれるように言った。
「怖くないやつなんていねえ。けど、怖いからって見て見ぬふりするのは、もう嫌なんだ。」
タナカの目が、わずかに揺れる。その視線を受けながら、ジンは焚火の奥を見つめるように続けた。
「だからって、俺のやり方が絶対に正しいとも思ってない。ただ、俺には出来る力が入った。できるのにしないと後悔する。そう思っただけだ。」
ジンの声には、怒りでも正義感でもない、淡々とした決意が宿っていた。それはタナカにとって、まるで自分に欠けてしまった“何か”を突きつけられるようでもあり、同時に、どこか救いでもあった。
「アンタがどうするかは、アンタが決めればいい。こんな場所でも暮らしてるいけるんだ。俺は無理に巻き込む気はねえよ。」
言い終えると、ジンは再びワニ肉に目を向け、ゆっくりとひとかじりした。その背中は、炎の揺らめきの中でどこか頼もしく、だが同時に――ひどく孤独に見えた。
タナカはしばらく黙って火を見つめていたが、やがて口を開いた。
「……やっぱり、僕には君みたいにはなれない。怖いんだ、本当に。でも、もし……もし君が本当にどうしようもなく困ったときは――そのときは、僕にもできることがあるかもしれない。……その時は、必ず力になるよ。」
ジンは、その言葉に小さく微笑み頷いた。
焚き火が小さくはぜる音だけが、二人の間に残った。
夜のジャングルは、まるで世界が眠っているかのように静かだった。




