能力者研究施設編②
白い壁、白い床、白い天井。
ステンレス製の無機質な家具が、整然と並ぶ。
薬品と消毒液の匂いが鼻をつき、「人間を診る」ためではなく、「実験体を管理する」ための空間だということを否応なく思い知らせてくる。
そんな部屋の中央、ポツンと配置されたベッドの上に、彼女はいた。アヤネだ。
ピンクの髪――色が抜けかけた染め残し。
かつては何時間もかけてセットしていたのだろう寝癖まじりのボサボサ頭。
手首には、淡く発光する電磁拘束具。
それをぶら下げるように投げ出し、ベッドに寝転がる彼女は、虚な目で、どこか遠くを見つめている。
何も映さない、けれど何かを捨てたような目。
何も起こらないこの部屋で、彼女だけが“生きていた過去”の残り香をまとっていた。
ジンはゆっくり部屋に入りベットに近づくが、異様な雰囲気に声を掛けられずにいた。
その時、何かの気配を察したアヤネは重々しく体を起こしベットの上からジンの姿を見る。
黒ずくめで至る所に武器を装備したジンの姿は、今までに会った研究所の誰とも違う気配を感じていた。
「誰よアンタ、今度は何?」
諦めと、恐怖と不信感が入り混じったようにアヤネはジンに尋ねる。
「お前、能力者だな?」
ジンの問いに、アヤネは戸惑った。この施設の者ならそんな質問は出てこないからだ。
「さっさと答えろ。お前は能力者で間違いないか?」ジンが急かすようにアヤネに返事を促す。
「そうよ。ここの連中はアーシを『千里眼』の能力者だと言ってる」
「千里眼⁈」
ジンの頭の中で様々な憶測が流れる。
「遠くを見る事が出来る能力。」「どこまで見れるんだ?」「何が見れる?」「能力の制限は?」
色々な疑問があったが、ジンはアヤネにこう伝える。
「お前には2つの選択肢がある。ーーーこのまま政府に飼い殺されて実験動物にされるか、俺とともにここを出て、政府と敵対しながら自由を得るかだ。」
アヤネは、ジンの言葉をしばらく理解できずにいた。
政府と敵対? 自由?
半ば諦めていた未来がアヤネの感情を呼び起こす。目には微かに光が戻っているように見えた。
目を伏せ、かすかに唇を噛む。
「……本当に、出られるの……?」
アヤネの問いにジンは答えない。ただ、その眼差しだけが真っ直ぐだった。
「…でもどうやって?ここは山奥の隔離された施設。警備だって沢山いる。」
「俺は『転移』の能力者だ。金庫の中だろうが、地平の果てだろうが好きな所に飛べる。
ーーー現に今、お前の目の前に俺がいる。それが答えだ!」
ジンは自信に満ちた笑みを浮かべながらアヤネに力強く答える。それは弱りきった心を救い出すようだった。
アヤネはジンの言葉を聞いて、一瞬だけ息を呑んだ。
信じたくて、でも裏切られるのが怖くて。
けれど、あの真っ直ぐな眼差しを前に、何かが胸の奥で軋んだ。
アヤネはゆっくりと、小さく頷いた。
施設の奥の執務室の更に奥の扉が静かに開く。中央に座っていた施設長マトウが視線を向けると、腰に刀を携えた獣のような男が入ってきた。
テンラだ。
「どうした、こんな時間に。」
「…妙な気配を感じてなぁー。」
「気配だと?」
マトウはすぐさま目の前にあるパソコンから、施設内のカメラを映しだす。
だが、モニターからは施設の異常は確認して出来ない。
オニのハッキングによってカメラ映像が編集され、同じ映像が繰り返されていたからだ。
「別に異常はないぞ。気のせいじゃないのか?」
「・・・・・・。」
テンラの目は、まだ疑念を感じたままジッとモニターを見つめていた。
「オニ、アヤネを連れて倉庫に飛ぶぞ。コイツの能力は千里眼らしい。他の能力者が探すのに手伝って貰った方がいいだろ。」
無線でオニに報告するジン。
「せやな。無線を渡して協力してもらおう。」
ジンはアヤネ近づくと、そっと体を引き寄せる。
「なに赤くなってんのよ。変な事しないでよね。」
ジンは女に慣れて居なかったため、照れて赤面していた。
「うるせーな。なんもしねーよ!…行くぞ」
静かに集中して転移を試みるジン。
ーーーだが、頭の中に割り込むような雑音、思考の回路がブチブチと寸断されていくノイズのような感覚がジンの思考に混じり、転移がうまく発動できなかった。
「あれ?飛べねぇ!何でだ!?」
焦りを見せるジンにアヤネが何かを悟っているように答える。
「たぶん、コレのせいね」
アヤネは、腕に嵌められた拘束具をジンに見せる。
「コレを付けられてから、アーシも何も視えなくなったのよ」
「能力を抑え込む装置か…?ヤベぇな。そんなものがあるのかーーー」
ジンは、政府の能力に対する研究が進んでいる事に少し恐怖した。
「オニ、電子拘束具が嵌められてて転移できねぇ!外せるか⁉︎」
「見てみんと分からんな。迎えに来れるか?」
「了解。ちょっとここで待ってろ」
ジンはアヤネにそう告げると、アヤネから少し離れ、その場から光を残して消えていった。
「消えた…ホントに転移できるんだーーー」
しばらくすると、また同じ空間から光とともにジンの姿が現れた。
時間にして30秒にも満たなかったがアヤネには、それがとても長く、不安に感じたようだった。
ジンの肩に乗っていた真っ黒なオニがピョンと飛び降りると、トコトコとアヤネの方に向かっていく。
「えっ⁈ネコ?」
「相棒のオニだ。腕は確かだぞ。」ジンがどこか得意気に紹介する。
「ほれ、見せてみー。」
「喋った⁈何コレカワイイ!」
ーーーアヤネはベットに座って手を差すと、すぐさまオニは作業に取り掛かった。
「仕組み自体は、そんなにややこしくないな」
ピピッという音とともに、カチャンと錠が外れる音がした。
「すごいッ!」と驚くアヤネに「だろ〜」と自分ごとのように自慢する。
「次からはコレを使え。差し込めば外せるぞ」
オニはジンにペンダント型のUSBのようなモノ手渡す。
「あと、この錠は後で解析する。持ち帰るで」
「了解。じゃあもっかい飛んでみるぞ。」
オニはジンに飛び乗った。
ジンはアヤネを連れて、再度転移を試みる。
静かに目を閉じて集中する。
「いけるっ!」
ジンの言葉とともに、3人は光の中へと消えていった。




