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(39) 東国にて㊴

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

今年の目標:更新頻度をあげる


お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。

現在、更新時間は迷走中です。 面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)

 しばしの沈黙ののち、サイラスは困惑気味に確認した。


「…………名前?」

「うん」

「イーレの弟子をやめろ、じゃなく?」

「はい?」


 今度はリルの方が困惑した。


「なんで、イーレ様?」

「あ、いや、今までの展開(パターン)からの統計上の推測というか、なんというか」


 ごもごもとサイラスは言い淀んだ。

 あ、これ、イーレ様が言ってたヤツだ、とリルは察した。

 サイラスの過去の交際相手の破談要因なのだ。


「そんなことを要求したら、そもそも私達は兄妹(きょうだい)弟子(でし)じゃなくなるのでは?」


 リルは冷静に矛盾を指摘した。


「まあ……そうなるな…………」

「サイラスを(ぎょ)せるのはイーレ様だけなのに、弟子をやめさせたら野生のウールヴェを解き放つようなものじゃない?」

「俺を野生のウールヴェって、ずいぶんと可愛い表現だな」

「…………はい?」

「あの手のひらに乗るモコモコの白い毛玉だろ?」

「………………」


 ウールヴェの幼体と野生のウールヴェを取り違えている。

 『無知は至福である』『知らぬが大精霊、見ぬが極楽』の語句がリルの頭をよぎった。

 『今』のサイラスには、野生のウールヴェによる心的外傷(トラウマ)は、ないらしい。

 黙っておこう――リルはサイラスの心の平穏を選択した。


「で、なぜ名前なんだ?」

「サイラスが関心を持たない人物の名前を覚えようとしない癖は、わかっているの」

「そんなことは――」

「じゃあ、娼館(ここ)で相手にした女性達の名前を覚えてる?」

「うっ……」


 サイラスの目は泳いだ。

 まさか娼館での行動に言及されるとは思わなかったことと、実際名前の記憶が皆無だったからだ。

 一方、リルの方も過激な売り言葉である自覚があった。これでサイラスが名前を覚えている娼婦がいたことが判明したら、計り知れないダメージを負っていたのだ。


 とりあえず、娼館にサイラスの本命の女性がいるかもしれないという最大の問題は解決したようだった。

 リルは密やかに安堵の吐息をついた。

 サイラスの好みが、胸の大きいことが絶対条件だった場合、リルは彼女達に勝つことができないのだから。


「サイラスが固有名詞を覚えるのは、同郷である関係の深いメレ・アイフェスか、武芸の秀でている人物か、興味を持った人物に限られるでしょ?」

「そ、そんなことはないぞ」


 事実の指摘に狼狽えつつ、サイラスは弁解を試みた。


「ちゃんとエトゥール王(メレ・エトゥール)とかは、顔を覚えて認知している」

「それ、エトゥール王が腹黒・狡猾の勝てない危険人物だから、事前逃走のため認知しているよね?」

「ぐっ…………」


 図星だった。


「そのくせ、ハーレイ様は名前を覚えてないふりをして、わざと『熊男』呼ばわりしているし」

「奴は『熊男』で十分だ!!」


 サイラスは反射的に即答した。


「サイラスは、魔獣の四つ目より野生の熊の方が脅威だって言ってたから、ハーレイ様を熊呼ばわりするのは、その強さを認めているってことでしょ?イーレ様は強い男に弱いから」

「うっ……、なぜイーレの弱点を知ってる?」

「以前のサイラスがそう言ってた」

「――」


 サイラスは混乱していた。

 養い子が手強すぎた。まるで、ディム・トゥーラに古典遊戯(ポーカー)でコテンパンにされている時と同じ気分だった。

 手の内と性格を、全部読まれている。

 兄弟子としての矜持(プライド)は維持したいが、どう考えても状況は不利だった。

 この劣勢をどう挽回するべきか。

  

「だいたい、専属護衛のアッシュのことは一発で覚えているから、ハーレイ様の名前を覚えられないわけがないもの。ハーレイ様は、西の民の中でも最高に強いし、サイラスはそれを見抜いているでしょ?イーレ様が嫁いだことに反発しているけど、内心、ハーレイ様と対戦したくてうずうずしている」

「ううっ……」


 劣勢挽回はいったん諦めよう、とサイラスは強く思った。

 賢い養い子は、じっとサイラスを見つめてきた。その見透かすような視線は、なぜかカイル・リードを彷彿とさせた。


「でも、サイラスは私のことを『養い子』としか呼ばないよね」

「――」


 サイラスは言いかけて口を閉ざした。


「私の名前は、リルだよ。名前で呼んで。サイラスの記憶になくても、昔のように名前で呼んで欲しい。お願い、私の名前を覚えて。養い子で妹弟子でいいから私を認知して」

「……………………」


 サイラスは、なんとも言えない表情を浮かべてリルを見つめていた。

 

「………………だめ?」


 これはそんなに我儘な部類の願いごとだろうか?リルは強く唇を噛んで、泣きたい気分を封じこめた。

 ただただ名前を覚えて、呼んで欲しいだけだ。

 以前と同じように。

 それは許されないことだろうか?

 

 だが、リルもわかっていた。

 リルの欲望は膨らむ一方だ。とどまることを、知らない。


 名前を呼んでほしい。

 一緒に過ごしたい。

 前と同じように、微笑みかけてほしい。

 二度といなくならないで。

 ずっとそばにいて。

 私を見て。


 精霊も呆れる際限のない欲望だ。

 サイラスが復活した「魔導師(メレ・アイフェス)」の奇跡の御業に感謝していても、次の望みを胸に抱いてしまう。


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