(9) 菓子
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義理の姉妹となった二人の親睦を深めるための情報交換を目的とした交流――という建前のほのぼのお茶会であることをリルは知っている。
つまり昔と変わらず、茶菓子を堪能したいだけなのだ。主にメレ・アイフェスの治癒師であるシルビアが。
「鬼畜ですし、関わると振り回されるのは確かですね」
エトゥール王の伴侶であるシルビアが、義理の妹の意見に否定するどころか強く賛同した。賢王と名高いセオディア・メレ・エトゥールは、近しい関係者によると、鬼畜で策士で腹黒らしい。
「シルビア様……」
「事実です」
反応に困ったリルは、素早く東国名物の一つである酒饅頭が入った菓子箱をあけた。最近、東国の発酵酒の注文がメレ・アイフェス達から頻繁にはいる。
その手配の中で発見した菓子である。
「まあ」
新しいお茶菓子に、シルビアの無表情の仮面がはがれる。子供のように目を輝かせて、微笑んできた。同性であるリルでさえドキっとする無邪気な笑顔は、周囲を全魅了するような破壊力があった。
なるほど、エトゥール王がシルビアに茶菓子を渡す時は、男性の同席がないことを条件にしたという都市伝説は、本当のことかもしれない。この微笑みを向けられたら、勘違いする男性が多数量産されることだろう。しかも本人は無自覚なのだ。
「新しいタイプのお饅頭ですね」
うきうきしたように菓子箱を覗きこむシルビアの反応は悪くない。
「酒饅頭といいまして、糀の醗酵力を利用して小麦の皮を柔らかく膨らませる製法で作られたおまんじゅうです。中には小豆と砂糖から作られた餡が入ってます。酒分は蒸された時に、全部飛んでいますので、妊婦でも子供でも食べられるとのことです。お茶は東国茶がとてもあいます」
ファーレンシアは、侍女の方を振り返った。
「マリカ、東国茶は――」
「ご用意しています」
あらかじめ話をきいていた侍女のマリカは、絶妙のタイミングで少し渋みのある東国茶を給仕してくれる。
酒饅頭を一口、口にしたファーレンシアもその美味しさに、驚く。
「まあ、美味しい。お酒みたいな香りがしていますね。これならお義父様も食べれるかもしれません」
ファーレンシアが『お義父様』と呼ぶのは、純白の猫姿の精霊獣のことだ。猫の姿をしているのに、米の発酵酒をこよなく愛す大酒飲みであり、調達した東国の米酒を大量に消費している元凶であることをリルは知っている。そしてカイル・メレ・アイフェスの血縁でもあるらしい。名をロニオスという。
どうして賢者の血縁者が精霊獣の姿をしているのか、リルはとても不思議だったが、賢者達自身が不思議な存在だから追求と理解に時間を費やすことは、無駄に近い。それが養い親のメレ・アイフェスから学んだことの一つでもある。
商人ギルドの一員として王室御用達の窓口であるとはいえ、平民であるリルが姫とシルビアのお茶会の同席を乞われるのは、当初はマナー教室という名目だった。
それがいつのまにか、『お茶菓子を探求する会』という謎の勉強会になっていた。
「ロニオス様だと、酒饅頭より米酒にあうツマミの方がよろしいのでは?」
「確かにそうかもしれません。リル、機会があったら入手してくれますか?」
「承りました」
「リル、この『酒饅頭』とやら、とても美味しいです」
シルビアが幸せそうに感想を述べる。
リルは嬉しくなった。商人たるもの、やはりお客に満足してもらうことに喜びを感じるのだ。
「お口にあってよかったです。東国には、他にも白あんを元にした『練り切り』という芸術的な生菓子文化があるのですが、腐りやすいためになかなかエトゥールまで流通が難しく――」
話をきいていたシルビアの目が猫のように怪しく光ったのは気のせいだろうか?
「…………生菓子……腐りやすい……」
シルビアがブツブツと口にした。
「シルビア様?」
「リル、腐敗防止の保存箱があればよいのですね?」
「はい?」
話が見えずに、リルはきょとんとした。
「大きさはどのくらいがいいかしら?リルの荷馬車に乗るくらいで、もちろん軽さも重要だし、荷崩れ防止――いえ、衝撃吸収も考慮するべきね――」
「シルビア様?」
「リル、その『練り切り』とやらの大きさは、どのくらいですか?」
「え?大きさは、酒饅頭の半分ぐらいで――」
治癒師は高級紙をどこからともなく取り出すと、ペンを走らせ始めた。
「シルビア様?」
「大丈夫、冷蔵機能つきの運搬箱をクトリに作ってもらいます」
「はい?」
クトリ・ロダスは、シルビア達と同じ賢者の少年だが、発明家のように便利な物を生み出す才能があった。
クトリ様まで巻き込んでしまう――リルは思わぬ展開に青ざめた。