(38) 東国にて㊳
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今朝まで、サイラスが放浪して未帰宅であることを悩んでいたはずだった。
会えない寂しさ。
サイラスを追いかけたい欲求。
サイラスに拒絶されるかもしれない恐怖。
ごちゃまぜの感情がリルを悩ませていたのだ。
それが急転直下、記憶にないやっかいな「養い子」から、面倒を見るべき「妹弟子」に立場が昇格していた。それは驚くべき下剋上だった。
イーレ様が何か言ったのだろうか、とリルは考えた。
リルの気持ちをくんだ上での師匠としての指示かもしれない。サイラスは口が悪く反抗心旺盛だが、愚痴りながらも最終的には師匠には従う。「従わざる得ないんだ」と昔のサイラスが切々と語ったことがあった。
拳で正義を語り指導する――力が権力の象徴を地でいくまさに西の民そのものがイーレなのだと。
妙に説得力のある言葉だった。
その絶対者に「妹弟子の面倒を見るのは、兄弟子の務め」と言われれば、今のサイラスは乗せられるかもしれない。サイラスの性格を完全把握している師匠にとって、誘導などお茶の子さいさいなのだ。手のひらで常にコロコロと転がされている、と言ってもいい。
だが、サイラスのこの態度も謎だった。異様にテンションが高いような気がする。
専属護衛の提案や長棍の直接指導にまで、話が発展するとはリルの想像を超えていた。
それは昔のように四六時中、行動を共にするという事実を、記憶のないサイラスは理解しているのだろうか?
リルは状況の変化の激しさに、クラクラした。
サイラスと一緒に過ごせる時間が増えるのだ。
嬉しい。
だが、同時に恐怖も感じた。
妹弟子のレベルが低ければ、愛想をつかされる可能性があるのではないだろうか。
サイラスに呆れられて嫌われるのが怖い。
ここから、ドン底に突き落とされたら、しばらく立ち直れないと、リルは思った。
落ちつけ、自分。
リルは呪文のように、心の中で繰り返した。交渉次第で、サイラスと共に暮らせる好機に違いない。
リルは、とりあえず状況を確認することにした。
「えっと、サイラスが長棍を指導してくれるの?」
「ああ」
「でも私は素人だし体力がないよ?だから、サイラス好みの兵団向け本格鍛錬は、ついていけないと思うの」
「なんで俺が兵団向け本格鍛錬が好きだって、断定するんだ」
「だって、好きだよね?」
「うっ…………」
サイラスは否定しなかった。だが、どんな鍛錬内容をしていたのか、記憶すらない。
「サイラスは、第一兵団を兵団長のクレイ様と一緒に指導していたよ」
「俺が?」
「うん」
兵団長のクレイ。
ああ、あの男か、とサイラスは再降下後に対面した人物達から、該当する人物を探しあてた。
第一兵団長のクレイは身長2メートル超えの巨漢だったので、印象は強く残っていた。
だからあの兵団長はサイラスの記憶がないことをしきりに残念がっていたのか、とサイラスは納得もした。どうやら、アッシュ並みに縁があったようだ。
もっとも兵団長との再会は、巨漢の彼に可愛い侍女を「妻」と紹介されて、「美女と灰色熊」と例えたくなるすごい身長差カップルに内心、気が取られてしまっていたのだが……。
それにしても、過去の自分の行動は謎すぎる――サイラスはあらためてそう思った。
多数相手に鍛錬指導なんて、なぜそんな面倒ごとを引き受けたのか、自分を問い詰めたい気分にかられた。養い子を持った件と同レベルで「ありえない」ものだった。
兵団長クレイの友好的態度には、指導者として再就任依頼をするタイミングを測っていたのではないだろうか、という疑惑も生じた。
そんなめんどくさいことは、ごめんだ。
サイラスは、クレイを遭遇要回避の危険人物リストに入れた。
「あ〜〜、そんな過酷な鍛錬なんかしないぞ。イーレじゃあるまいし」
サイラスの返答に、リルは露骨な疑いの眼差しをむけた。
「……なんだよ」
「鍛錬に夢中になると、時間を忘れるのは過酷の分類に入らないの?」
「うっ……」
サイラスは鋭い突っ込みに、またもや詰まった。まあ、その傾向は多々あった。
この少女を相手にすると、ペースが狂う、とサイラスはたじろいでいた。まるで全てが見透かされているのだ。
「それに私はエトゥール王の元で、エトゥール各地と東国や西の地を行商していて、まとまった鍛錬の時間は取れないよ?」
「それは俺が同行しているから問題ないだろう」
「つまり行商にも、付き合ってくれると?」
「専属護衛なら当然じゃね?」
よし、言質をとった!
リルは内心ガッツポーズをとった。
だが、まだ交渉課題は残っている。
「じゃあ、鍛錬と専属護衛の件に当たって、お願いごとがあるの」
「お願いごと?」
「きいてくれる?」
「…………内容によるかな」
サイラスは用心した。
このパターンの過去の女性達からのお願いごとは、「イーレの弟子をやめてこっちを優先してくれ」と内容が一致しているのだ。
養い子にそれを言われたらどうしたら、いいのだろうか?
「あのね……あのね……」
「うん?」
リルは大きく息を吸って、一気に言った。
「私の名前を覚えて、ちゃんと名前で呼んで欲しいのっ!」
その要望は、サイラスの想像外に着弾するものだった。
「……………………はい?」
やっと、第2章の本ネタに辿り着いた件について




