(37) 東国にて㊲
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事実、養い子への対応は困っていたが、それがバレているとは、いささか情けなかった。
さらにリルがサイラスに頭を下げ、その困惑度を限界点まで跳ね上げた。
「ごめんなさい。サイラスが大切にしていた長棍をもらってしまって」
「――」
確かに知らぬ間の長棍の所有者の変更は、サイラスの不満の一つだった。
だが、その原因は変更したイーレであり、事情を知らなかった少女の責ではない。
こんなふうに謝らせたいわけではなかった、とサイラスは強く思い動揺を隠せなかった。
「俺は別に――」
「私はサイラスがこの武器を大事にしていたことを知っていたの。毎日、丁寧に手入れをしていた。私はそれを眺めているのが好きだった」
また、記憶にないことを告げられたが、なぜだかそれは不快ではなかった。違和感なくその光景が想像できた。武具の手入れは、イーレの弟子となってからの必須のルーチンでいつしかサイラスの日常の一コマになっていたからだ。
養い子の証言は、不可思議な幻影をサイラスの脳裏に浮かばせ、サイラスは軽く顳顬を押さえその幻を振り払った。
「……道具を粗雑に扱うとイーレに殺されるからな」
「うん、そう言ってた」
リルは少し笑うと、腰から下げていた短棒をとりだし、手の中で長さを変え、サイラスに差し出した。
その長棍は、従来の物に比べてサイラスには細すぎた。サイラスは確認のため、手に取った。
「……細いんだが?」
「イーレ様が火砕流の跡地から発見できたのは半分だけだったって」
「……半分……」
そりゃ、形見扱いになるのも当然だな、とサイラスは納得した。
破断消滅した部分を再生するには時間がかかる。かつ、長棍内部のナノシステムが破壊されていれば、再生は不可能になる。
再生能力に不備が出た場合は、即フルメンテナンスが対応策だが、地上にその設備はない。そうなれば廃棄理由には十分だった。
道具を大切にしろと言うが、壊れた道具で戦えと理不尽なことをイーレは言わない。年齢に関しては、暴君になるイーレであっても、だ。
むしろ、形見として少女に託して、所有者がいない状態の劣化を防いだのではないだろうか。それがイーレの思いやりに、サイラスには思えた。
容積が半分になったサイラスの長棍は、少女の手にあう細めの長棍に変貌をとげていた。
「イーレはそれを回収するのに、足裏に大火傷を負いましたよ」
ギョッとすることを、シルビアが言った。
「なんで?!」
「災害直後の焼けた大地を駆けて、靴を溶かしました。火砕流の跡地なんて、靴の耐温度を超えた高温に決まっているじゃないですか」
「そうじゃなく――」
「…………貴方、イーレが弟子の死に動揺しない鉄の女だと思ってません?」
「――」
思ってました、とは口が裂けても言えない。シルビアはそんな雰囲気を醸し出してサイラスを睨んでいた。
それから嫌味なほど大袈裟に吐息をついた。
「イーレは、貴方が地上降下の事故で再生処置を受けるたびに、まめに様子を見にきてました。数ヶ月は目覚めないとわかっていても、ね」
「そんなこと、知らないぞ?!」
「そりゃあ、知らないでしょう。イーレが周囲に口止めしていたし、誰が研究都市の影の責任者に逆らいますか?」
「あ……」
そのとき小型の飛龍が一匹、シルビアとサイラスの間に唐突に出現すると、ウロウロと旋回を始めた。明らかにシルビアの発言を妨害していた。
リルは飛龍の足輪が朱と金の紋様であることを、見逃さなかった。イーレのウールヴェだった。
「……まったく、素直じゃありませんね。新しい甘味一週間分で手を打ちましょう」
シルビアは意味不明の言葉を呟くと、腕をのばし仔竜の止まり木として提供した。
仔竜はこくこくと頷いて、使役主の代理で裏取引を承諾していた。
「シルビア」
「そろそろ帰る支度をしないと。リル、後はまかせていいですか?」
「は、はい」
「シルビア!」
シルビアは露骨にリルに話題のボールを振って、サイラスの追及から逃れると、イーレ達がいる隣室に姿を消した。
「あ、あのね」
シルビアの逃亡行為を言い繕うように、リルはサイラスに必死に話しかけた。
「私、サイラスが戻ってきたから、この長棍を返そうとしたんだけど、『せーたいにんしょー』が書き換えられて、その、私が地上の民だから、所有者をサイラスに戻すの無理だって、イーレ様が言うの。よく、意味がわからないのだけど……サイラスは返却しても使うことができないって」
「あ!」
サイラスの誤解の一つがさらに解けた。
サイラスとイーレの間では、データベースが存在し、個人の生体認証による所持証を刻むことができる。
だが、地上人である養い子のDNA情報は取得されていない。また、その差異は未解析なのだ。
サイラスは試しに、長さを調節しようとしたが、無反応だった。
イーレの指摘は正しい。
サイラスはなるべく平静に聞こえるように長棍を少女の手に返しながら言った。
「…………なるほど。じゃあ、このまま使ってくれ」
「え?!」
「俺のお古だし、機能が損なわれているが、このまま廃棄物になるのはちょっと悔しい。ああ、もちろん、基礎は教えるから」
「え?!」
「なんだよ、俺の指導じゃ不満なのかよ?」
「そうじゃない、そうじゃないのっ!」
リルは誤解をされてはたまらない、と慌てふためいた。だが、混乱もしていた。




