(36) 東国にて㊱
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その結論は、サイラスの退屈な時間を吹き飛ばした。
もっともクトリ・ロダスとともに「面白い」と感想を口走って、カイル救出の陣頭指揮をとっていたディム・トゥーラに睨まれる羽目には陥ったが……。
謎に満ちた惑星の異常現象に魅了され、ディム・トゥーラが防御改良を加えた移動装置による降下作戦に積極的に立候補した。
そもそも未調査の惑星における降下任務は、サイラスの専門だ。
過去のプロジェクト危機管理の経験も積んでいる。これ以上の適任者はいないだろう――この言葉で、ディム・トゥーラは説得することに成功した。危険というリスクに対して、再生保険を備える点は、いつものことだ。
プロジェクトが中止になり単調な日々を送っていたサイラスにとって、「危険」と「退屈」を比較すれば、後者の方が脅威だった。
想定外の出来事が起こることに、密やかに心躍らせながら、移動装置を起動させたのだ。絶対に地上は退屈しないだろうという期待とともに――。
そこで記憶は途切れている。
死ぬ事故は想定内だったが、記憶不良状態のクローン再生と、知らない養い子の存在は想定外すぎだ――サイラスは第三者から聞かされる自分自身の過去の行動に、違和感が増すばかりだった。
「今」の自分なら絶対にしない選択だ。
だが「過去」の自分は選択をした。
なぜ、自分は地上の子供を養い子にしたのか――それが一番理解できない。
子供好きでもないし、他人を気遣う性格でもない。カイル・リードのようにお人好しでもない。面倒なことは全力で回避する性格だ。
「女、子供に優しく」という主義のイーレも、現地の子供を養子にしろとは、絶対に命令しないはずだった。何よりもサイラスが子供の保護者として不適合極まりない事実は、後見人であるイーレが理解しているはずである。おまけに文明に影響を与える接触は禁じられているはずだった。
イーレは、なぜ弟子の愚かな行為を止めなかったのだろうか?
それもおかしい。
――『俺』は何を考えていたのだろう。
記憶を取り戻すことにこだわったイーレの気持ちが、今更のようによくわかった。
これは知らない間に、物語が進行していて一方的に話を聞かされるようなものだ。
そこにいたのは、本当に『俺』なのか。
サイラスは、じわじわと自己認識が侵食されているように感じた。
記憶とは自己認識を形成する重要な要素なのだ。
何を考え、何を選択したか――その行動の記録という財産が喪失している。自己の欠落と言ってもいい。
それを今やサイラスは身をもって体験している。
イーレにはこれと同じことがクローン再生の度に起こっていたことになる。
イーレはどうやって妥協点を見い出したのだろう?
「サイラス、大丈夫?」
黙ってしまったサイラスに、記憶にない養い子が心配そうに問いかけてきた。
サイラスは少女を見つめ返した。
彼女がもつ赤毛系の髪と明るい茶色の瞳は、典型的なエトゥール人の特徴であることをサイラスは学んでいた。
少し長めの髪は、平民であるはずの商人としては珍しい。邪魔にならないように髪飾りを編み込んだ三つ編みで綺麗にまとめられている。その髪飾りはイーレも似たものをつけていたから、西の民の工芸品かもしれない。
少女の顔立ちは、将来有望な可愛らしさがあり、工芸品を身につけるモデルになることで商品の販促も兼ねているのかもしれない。彼女には、この十代半ばの年齢で商売人として独立している逞しさがあった。
なのに、先程は泣く寸前になるほど、サイラスの身を案じていた。
誰かに心配されるなど、サイラスには経験がなかった。
いや、違う。
サイラスの脳裏を誰かの言葉と影がぼんやりとよぎった。
――サイラス、この国のこと知らなすぎて、すごく心配
あれは誰に心配されたんだろうか?
もしかして、この目の前の養い子なのか?
いつ、言われたんだ?
本当に言われたんだろうか?
「サイラス?」
これは、いつまでも誤魔化して先延ばしにできる問題ではなかった。
サイラスは覚悟をきめた。
「『俺』は以前の地上の記憶がまったくないんだ」
「うん、わかってる」
サイラスの言葉に少女は頷いた。
「だから、養い親と養い子との正しい距離感がまったくわからないんだ」
「それもわかってた」
理解がありすぎる。
サイラスは小さい吐息をついた。養い子は、予想通り聡い子だった。
若長が言った通り、素行不良で三行半をつきつけられる可能性は限りなくゼロに近いようだった。
「サイラス、対応に困ると目をあわせない癖があるもん」
「マジ?!」
「うん」
そんな癖の指摘は初耳で、サイラスは驚いてしまった。
イーレにも言われたこともない。いやいや、そもそもイーレに対して、対応に困ることはなかった。
素で応じて、逆鱗に触れた時だけ、殴り飛ばされるだけだ。




