(34) 東国にて㉞
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。
現在、更新時間は迷走中です。 面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)
「だから?」
「鋭意、努力する」
「政治家の答弁ですか」
シルビアが半眼になって、サイラスを睨んだ。
サイラスは開き直ったように、シルビアの前で左右に指をふる。
「ここで俺が『二度と暴言を吐きません』と誓いを立てても、誰が信じるんだよ?シルビアだって信じないだろう?」
「確かに」
「そこは否定して欲しかったかな」
「日頃の行いからの総合的判断です」
「やっぱり俺にだけ手厳しい」
「シルビア様、サイラスは約束をしたことを誠実に守るタイプでしたよ?」
「――」
思わぬ擁護をする理解者の登場に、サイラスは絶滅危惧の希少生物に遭遇した気分になった。
驚いたサイラスにじっと見つめられて、リルは顔を赤らめた。なんたってサイラスは顔がいいから、視線の破壊力は凄まじいのだ。
「俺が約束をしたことを誠実に守るって?」
養い子兼妹弟子は、強く頷いた。
「例えば?」
「髪を切らないで、と約束したら、ちゃんと守ってくれたし」
「髪?」
「わ、私がサイラスの髪が短くなるのを嫌だって、駄々をこねたの」
サイラスは自分が無造作に伸ばしている髪を摘みあげて、しげしげと眺めた。
切るのが面倒で放置していた髪で、多分男性としては長い。鍛錬の時は邪魔にならないように結んでいる。
だが、そこに価値はなく、サイラスにとって全く意味不明であった。
「髪の長い男が好みのタイプなのか?」
「違う――っ!!」
全否定したあと、リルは慌てた。
これではサイラスが好みじゃない、と宣言したようなものだ。誤解はされたくなかった。
「違うけど、違くなくて!あ、いや、やっぱり違うけど、あの、そうじゃなくて……」
「どっちなんだ」
サイラスはリルの動揺に眉を顰めた。
「わ、私は髪の長いサイラスが好きなのっ!!」
「――」
色々な意味を込めて、リルは直球を投げてみた。
サイラスがこてりと首を傾げる。
「すると、俺が髪を短くしたら嫌いになると?」
サイラスの反応は、リルの想いを明後日の方向の彼方に弾き飛ばす行為だった。
防御壁用の金属球に対して、サイラスが長棍を振り抜いて遠方に飛ばして遊ぶという謎の光景がリルの脳裏に浮かんだ。カコーンという爽快な打撃音すら聞こえたような気がする。
精霊様、助けてください――リルは内心、弱気になった。こんなに長くサイラスと対話ができたのは久しぶりなのに、上手くいっているとは言い難かった。
シルビアが同情のこもった視線をリルに投げた。それから静かに告げた。
「実親が散髪した時に死んでいるので、養い親が髪を切ることを縁起が悪いと嫌がっていて、以前のサイラスはその気持ちを組んだのですよ」
ナイスなフォローだった。
リルはシルビアの背後から後光が差しているように感じた。世界の番人の友人と宣言をするだけあって、まるで世界の番人の代理人のようにリルの手助けをしてくれている。
「俺が?」
「あなたがです」
「本当に?」
「本当です」
「すっげぇ聖人君子だな」
「自分で言わないように」
「そ、それに、『死なない』って約束してくれたの」
「は?」
その言葉は、サイラスにとってさらに意味不明だった。
養い子は必至で証言しているから、嘘ではないことは伝わるが、『死なない約束』とはなんだ。
「わ、私があんまり泣き止まないから、サイラスが精霊様に誓ってくれたの。『私を残して死んだりしない』って」
リルは当時の己の幼さを思い出して、赤面した。当時のサイラスはさぞ困ったことだろう。きっと咄嗟にでた口約束だったのだろう。
だが、リルはそれで救われたのだ。
「約束破って、死んでるじゃねーか!」
サイラスが突っ込むが、リルは首を激しくふった。
「こうして戻ってきてくれたもんっっ!」
「――」
「ちゃんと戻ってきれくたもんっ!約束を守ってくれているっ!私をひとりぼっちにしないで、地上に戻ってきてくれたっ!」
それは過大評価もいいところだ――と、サイラスは思った。
無責任発言をした以前の『自分』をボコボコに殴り倒したくなった。無責任にも程がある。
ああ、とシルビアが心当たりがあるような反応をしたのを、サイラスは見逃さなかった。
「シルビア、解説」
「当時、私がその場に同席していたので、確かに説明できます。私が困っているサイラス達に『リルが安心することを言えば泣き止む』とアドバイスしたので、多少は責任もありますね……」
「シルビアが原因か」
「まあ、なんて恩知らずの発言でしょう。当時、事件後の明け方に縋りつくように呼び出したのは、貴方とディム・トゥーラですよ?」
「記憶がないものは仕方がない」
腕組みをして完全に開き直っているサイラスに、シルビアは呆れたように吐息をついた。
「いつまでも、記憶喪失が免罪符になると思ったら大間違いですからね?」
その言葉はいろいろな意味で不吉だった。