(28) 東国にて(28)
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「まあ、素敵」
シルビアは普段の無表情仮面を振り捨てて、魅了全開の微笑みをサイラスに対して浮かべた。事情を知らない男性なら、間違いなく彼女の好意の対象であると勘違いするレベルだった。だがサイラスは知っていた。
シルビアの微笑みには発動条件があった。
彼女がこの表情を浮かべるときは、対象に対して激しい怒りを抱いている時か、もしくは大好きな甘味類が目の前にある時などだった。
――俺はまだ怒らせてないよな……?
サイラスはその変化に怯みつつ考えた。
すると後者のはずだが、甘味の話題でもないのに、それと同等の反応というのは不可解である。地上の書物に何を期待して興奮しているか、サイラスには理解しかねた。
何かおかしい。
なぜか本能が地雷エリアのど真ん中に着地したような絶体絶命の警告を発していた。
「素敵って――」
「では、降下隊員のサイラスに正式に依頼します。行動依頼は、カイルから世界の番人に関する書物類の情報を私の代理として受け取ること。それを私に渡してくださいな」
「は?」
その依頼内容は、危険任務を得意とする降下隊員には無関係なジャンルだった。混迷度が増した。
「シルビア?」
「報酬は規約の倍。これは私費から出します。もちろん、昏倒した場合の入院処置や治療通院は私が全て面倒をみます。安心してくださいな」
たかが情報の受け渡しが、イーレの実年齢を指摘し殴り飛ばされた時よりも、重症想定なのは気のせいだろうか?
サイラスの危惧を裏付けするように、シルビアは養い子の方を見た。
「リル、その時はサイラスの付き添いをお願いしますね。ああ、二週間くらい予定を入れないでください」
猛烈な勢いで外堀が埋められている。
サイラスは念の為、と師匠の担当医に質問を投げた。
「シルビア、もしかして俺がカイルとの情報のやり取りで昏倒すると思っている?」
「もちろんです」
「いや、いくらなんでも、それは大袈裟すぎないか?カイルも優秀な精神感応者なら、それぐらい調整できるだろう?俺はこの惑星の降下前に、ディム・トゥーラから大量の情報を叩きこまれたけど、なんの問題はなかったぜ?」
「ディム・トゥーラは優秀ですから」
「カイルだって、同レベルで優秀だろう?」
「カイルは規格外です。優秀と規格外は同義語じゃないんですよ?」
シルビアは、真顔で答えた。
「それ、カイルは優秀じゃないって言ってる?」
「言ってます」
カイルが聞いていたら、落ち込みそうな台詞だった。
「シルビア」
「カイルが関わった始末書が何枚あると思っているんですか?」
「始末書?」
唐突な問いに、サイラスは考え込んだ。
始末書は、過失騒動の原因と経緯を詳細に記述し、再発防止を目的とした反省文書だ。サイラス自身も施設や装備破損で、イーレに書かされたことがある。
「えっと……10枚ぐらい?」
「カイルが関わった始末書ですよ?」
シルビアは意味深に再度、言った。
「えっと…………カイル本人ではなく……って意味かな?」
「そうです。カイルが絡んで、本人には非はないと判断された始末書です」
「…………本人には非はない…………」
不吉な響きがあった。
「20枚くらいとか…………」
「冗談でしょ」
「あ、やっぱり?俺より少ないよね――」
「現在、研究都市のワースト記録を更新中です」
研究都市のワースト記録――それはどのくらいの数なんだろうか?
サイラスの想像域を越えた。
「ちなみに始末書などは、1プロジェクトであるかないかですからね?」
シルビアは丁寧に解説を加えてきた。
「え〜〜っと」
「そのうちの4分の3は、医局が関わったものです」
「………………つまり?」
「意識消失等で処置及び療養を必要とした件数です」
「……………………」
確かにこれをディム・トゥーラと同等に「優秀」扱いしたら、ディム・トゥーラに土下座して詫びるレベルだった。
「大変申し訳ないですけど、よろしくお願いします。あとで契約書をかわしましょう。なんだったら、エトゥール王に保証人になってもらいますよ」
シルビアはリルの方を再度見た。
「リル、休業保証費は弾みます。サイラス以外のお給金は、まかせてください」
「え?あの……?でも……」
「なにか見落としがあるかもしれません。カイルを交えて打ち合わせもしましょうね。ああ……ロニオスの酒も仕入れの調整が必要ですね。アッシュが一人で代理人が務まるかしら」
リルは焦った。
「シルビア様、商売にかかわるので、いちど持ち帰りで検討させてください!」
リルは片手をあげて、シルビアを静止した。
「ロニオス様のお酒より、シルビア様の薬の販売が滞る可能性があります」
「……それは、まずいですね……」
さすがに治癒師は冷静さを取り戻したようだった。
「サイラスには、単独療養をしてもらいますか」
シルビアのサイラスの療養優先度が予想以上に低すぎた。




