(23) 東国にて㉓
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。
恐ろしいことにもう6月ですね。(呆然)
今年の目標:挿絵
現在、更新時間は迷走中です。 面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)
「例えば、東国のリルがよく行く『造り酒屋』などには行けません。どんなに話には聞いていても、その場所に私が実際に行ったことがないからです」
「ああ、なるほど」
精霊獣は主人に明確な場所の知識がないと飛べないのかもしれない。
「精霊獣での移動が可能なら、専属護衛を伴って『酒饅頭』と『練り切り』の買出しにくるのに……」
憂いたようにシルビアは頬に右手をあてて吐息をつき、リルをぎょっとさせた。
これは冗談ではなく、本気だ。
東国の酒造店にエトゥール王妃がお忍びでその日の茶菓子を嬉々として買い出しにくる――ありえない光景がリルの脳裏に鮮明なほどクッキリと浮かぶ。
精霊獣が目的の店に跳躍できるなら、シルビアは実行していたかもしれない。
――この人も甘味がからむと、問題児に豹変するんだった。
リルは内心ダラダラと冷や汗をかいた。
「う、精霊獣は主人が一度も行ったことのない場所には行けないって、ことですね?」
「基本的には」
微妙な言い回しだった。
リルは思わず問い返した。
「……基本的には?」
「世の中にはこういう時のために、例外とか、規格外という便利な単語があるのです」
「あ…………」
規格外はカイル・メレ・アイフェス・エトゥールの代名詞であった。
「カイルの精霊獣は、一度目撃したことのあるミオラス様を追って、娼館に跳躍してきたそうですよ。他には、緊急時にカイルが命じるより先に、イーレ達を迎えに行ったりしました」
「……………………はい?」
それは利口すぎないだろうか?
主人が命じるより先に行動する?
リルは耳を疑った。
「私の精霊獣は、そんな器用なことはできません。あれは間違いなく主人の影響だと思います」
リルはシルビアがなぜ『器用なこと』と評するのか理解できた。
リルの精霊獣は、リルがよく知っている親しい人物にしか伝言紙や手紙を運べない。お使いの知能が子供並みなのだ。
例えば、商業ギルドの一部の関係者の元に伝言を運ぶのは嫌がる。人見知りのようなところもある。リルもなんとなく、その理由を察した。
相手が主人に害意を持っているか、いないかだ。
一方、エトゥール王などは大災厄前に周辺各国に大災厄を予言した信書を精霊獣を使いとして利用したという。エトゥール王族は精霊の加護があることで有名だ。
加護の強さで精霊獣の知能と能力は変わるのだろうか。
ならば確かにシルビアが言うように、カイルの精霊獣が特異である説明はつくかもしれない。
「あと、カイルは座標で飛ばすことができるのです」
「はい?」
『座標で飛ばす』とは、どういう意味だろうか。
「座標――わかりやすく言うと、基準点をきめて、そこから東に幾つ、西に幾つ、高さが幾つ、と数値で目的地を表現する手法です」
「えっーと、その数値はどうやってわかるのですか……」
リルの質問にシルビアは、はっとしたように息を飲み、目を泳がせた。
「……………………メレ・アイフェスの秘匿技術で内密にさせてください」
うん、多分説明されても理解が大変ないつもの部類だな、とリルは判断した。
「なんとなくカイル様が規格外なのは伝わりました」
「理解してくれてありがとうございます」
「そもそも、その数値はなんの役に立つのですか?」
「立ちますよ。正確な大陸地図や地形図の作成にはかかせないものです。現在位置も把握できます」
「あ!カイル様を追跡する魔道具っ!」
「そうです。原理は今度カイルかディムに説明をしてもらうといいでしょう」
「シルビア様ではダメなのですか?」
「説明用の絵がかけません。実は私、解剖所見以外の絵の才能がないのです」
「はい?」
これも意外すぎる告白だった。
「人物や動物は骨格標本を元にある程度上手にかけるのですが、貴族の子女の嗜みとされる静物画なんてもうメレ・エトゥールが匙を投げるほどで――」
それはどんなレベルだ。
リルは思わず心の中で突っ込んだ。
「貴族の子女の嗜み――例えば刺繍とかは?」
「あれも最初は致命的だったんですけどねぇ。図案通りになかなかできなかったんですが……」
しみじみとシルビアは語る。
「ファーレンシア様が患者の複雑な傷を丁寧に縫いあげる感じと指導してくださり、上達しました。今では、メレ・エトゥール用の刺繍もたまにします」
『伴侶用の刺繍』という言葉を、頬を赤らめ、はにかむようにシルビアが言った。
婚約者や夫に精霊の守護があるように女性が男性の衣服に刺繍を施すのは、エトゥールの風習だ。
王族であるセオディア・メレ・エトゥールの衣服となると刺繍の達人である侍女達の仕事になる。
そのプロ中のプロである侍女達がシルビアに刺繍を託すのならば、その腕前は相当だろう。
「メレ・アイフェス達は才能が両極端すぎる、とメレ・エトゥールに言われました」とシルビアは懺悔をした。
リルは、確かに――と、頷きかけた。
器用なんだか、不器用なんだか、よくわからない。




