(22) 東国にて㉒
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サイラスの監督者がイーレ様なら、カイル様の監督者はディム様なのだろう――とリルはその信頼に満ちた関係性に納得しつつ、実は監督者の方が大変なのでは、と思った。
どちらの問題児もやらかし具合が、とんでもないからだ。
その問題児に対する話し合いという名の説教が一晩続くのならば、一度街外れの屋敷に戻った方がいいのかもしれない。さすがに娼館で夜を明かすことは未婚の娘として憚られる。
たが、専属護衛のアッシュも話し合いの輪の中にいる。専属護衛もなしに女性が東国の路地を一人で歩くことは、襲ってくれと言っているようなものだ。
リルはやや途方に暮れたように貴賓室の閉じた扉を見つめた。結局、待つしかないのだ。
そういえば――と、リルはシルビアを見て問いかけた。
「シルビア様は精霊獣に乗って、直接ここにこられているのですよね?」
にこりとシルビアは微笑で肯定した。
甘味以外でエトゥール王妃の微笑みが見られるとは役得である。感動でリルは少し頬を染めた。
エトゥール王妃シルビアは『精霊の魅了』という加護を持っているというのが世間の噂である。
「精霊獣に乗って移動するって、どうやるんですか?」
「リルも精霊獣を持っているでしょう?」
シルビアは不思議そうに小首を傾げた。
たまにメレ・アイフェスの常識と思考はズレている。導師とエトゥールの一般人の思考の違いをよくわかっていないのだ。
使役する精霊獣に『騎乗する』という斬新な発想をしたのは、カイル達が初めてなのだ。『一般的なこと』と判断する基準軸が大幅にズレており、たまに訂正と教えが必要になる。
リルはカイルに送迎してもらったことはあっても、自分のウールヴェに騎乗したことはない。
どうやって精霊獣で移動できるのか原理がわからなかった。
「私とサイラスのウールヴェ達は小さく乗れるサイズではないので、伝言は運べても、人を乗せることはできません。私の体重で潰れてしまいます」
「ああ、なるほど。カイルの精霊獣のように大きくなったり、小さくなったりしないのですね」
「はい」
リルは肯定の頷きをしてから、見落としていた事実に気づいた。
「………………そういえば、今のトゥーラは小さいままですね……」
大災厄から世界を救った偉大な精霊獣は、以前と違い成長していない。いつまでも可愛い子狼の姿のままだ。
シルビアはなぜか切なそうに吐息をついた。
「そうですね。それも我々の間の議論の的です」
「……議論の的」
そういえば、以前サイラスがそんなことを言っていた。「メレ・アイフェスは研究馬鹿で一週間ぐらい平気で徹夜の議論をする変態集団だ」と。
この話題でも徹夜で推論がなされたのだろうか?
「カイルの精霊獣とロニオス・ブラッドフォードの以前の能力が、枯渇して元に戻っていないことです。どちらも大災厄前の精霊獣の肉体を失っているという共通点があるのですが……空間跳躍ができない、精霊獣の大きさを変化できない、念動力――思念で物を動かすことができないなど。世界の番人がカイルと同化していることも関係があるかもしれません」
確かに猫姿のロニオスは、自由気ままに酒の手酌ができないことを嘆いていた。
そもそも精霊の頂点とされる『世界の番人』を体内に同化させるカイルの能力も尋常ではなかった。
それが結果的にどんな影響を与えたのか、リルには想像すらできない。
「以前のカイルは命じるだけで、精霊獣の大きさを変化させていましたが、今はできないようです。一方、ディム・トゥーラは自分の精霊獣を自由自在に大きさを変えています。この違いはなんだと思います?」
「それは主人の能力によるのでは……?」
「カイルもディム・トゥーラも同じ規格外です」
シルビアがきっぱりと言う。
リルの視点から言えば、規格外じゃないメレ・アイフェスなど存在しないのだが、シルビアは自分をちゃっかりと蚊帳の外に配置していた。
リルは考えた。確かに考えられる要素は一つしかない。
「……やっぱり大災厄時にその肉体を消滅して、大災厄後に復活したことでしょうか?」
「そうですね。個人的に私はそう思ってます」
あとは世界の番人が消耗したあとに復活したこと――リルはその指摘は口にしなかった。
シルビアと『世界の番人』は友情を育んでいたはずだった。
シルビアはリルの気遣いを察したように再び穏やかに微笑んだ。
「話題がズレてしまいましたね。正直、私は精霊獣の移動手段についてどうやるのか、あまり考えたことはありませんでした。行きたい場所をお願いすると、連れていってくれます。伝言と同じように人を運ぶ――空間跳躍は、例えるなら移動装置の感覚と似ているかもしれません」
「ぽーたる……」
あの不思議な移動手段は、導師達の専売特許だ。500キロも離れた隣国に、一瞬で移動できるなど、精霊の御業以外の何物でもない。
養い子のリルも当たり前のように使わせてもらっているが、いまだにあの移動にはドキドキする。
シルビアの講義は続く。
「移動装置は出発地と到着地を設定設置しなければいけないのですが、それは私達――メレ・アイフェスしかできません。まったく汎用性がないことが短所です。その点、精霊獣の移動はそういう前準備がないから、誰でもできて便利です。使用の痕跡は残りません」
確かに。
移動装置は起動の光が目立つし、使用後も痕跡が残る。野外などでは草花が同心円状に綺麗に倒れて、不可思議な紋様を生み出し『精霊の輪』と呼ばれることもある。
セオディア・メレ・エトゥールは、中心となるエトゥール城の移動装置が定着した旧離宮を完全閉鎖し、何重もの安全策を施し、管理下に置いた。
使用できる人物は限られる。
「ただこの手段の難点は、主人が行ったことのある場所しか行けないことかもしれません」
「……と、いうと?」
シルビアの微笑発動条件
・激怒している時
・美味しい甘味がらみの時
・難易度の高い治療の検討の時(例:ガルース将軍)
・世界の番人や精霊獣の話題の時
・セオディア・メレ・エトゥールの前(特別枠)




