(21) 東国にて㉑
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。
すみません。風邪をこじらせてダウンしていました。(土下座)
現在、更新時間は迷走中です。 面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)
「…………カイル様?」
「…………移動装置の記録を見ると、南の地にも頻繁に行っているみたいなんだよね」
「南……イーレ様のいる西の地ではなく?」
「西の地には行った記録は一度もないよ。リルの生家の近くに設置した移動装置が何度も使われている」
南の地は、サイラスが死んだところだ。
リルは思い出して、胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなってきた。冷や汗が流れて、呼吸が荒くなった自覚があった。
リルの変調にカイルはすぐに気づいた。
「リル、大丈夫だ。落ちついて、深呼吸をして」
「は、はい……」
リルは慌てて、深呼吸をした。
この症状のせいで、リルは未だに再建されたはずの生家に行けずにいる。
怖い。
怖い。
怖い。
またあの地でサイラスが死んでしまったら――。
重い石が取り除かれたように、不意に呼吸が楽になった。
カイルが震えるリルの背中を優しくさすりながら、癒しの波動を送っている。
不思議なことにカイルがこうして癒してくれると、恐怖の記憶と想像は薄れるのだ。
彼は精霊王である『世界の番人』を身に宿すことになり、とてつもない威圧を周囲に漏らすことを恐れ、エトゥール城の聖堂で不自由な隠遁生活を送っている。
リルは落ち着いてきた。
「…………ごめんなさい。もう、大丈夫です」
「謝ることじゃないよ。サイラスが死んだ当時の記憶が、無意識にリルを苦しめているんだ。サイラスはこうして戻ってきたから、徐々に症状はなくなる」
「…………はい……」
リルはせつなく溜息をついた。
東国の娼館は、リルの名誉のため訪問が禁じられている場所だし、南の地は謎の体調不良で未だに訪問できない場所だ。
詰んだ――。
サイラスは意地悪だ。こんな、養い子がいけない場所を選んで行動するなんて――そんな思考をしてリルは、はっとした。
もしや記憶にない養い子との共同生活が苦で、放浪生活をしているのでは。
この行動の元凶は自分ではないだろうか。
絶望の想像がリルの頭をグルグルと駆け巡った。
「リル?」
カイルの呼びかけも耳にはいらず、リルは絶望の沼にずぶずぶとはまっていった。
リルが相談した師匠から、サイラスの正体が「女性関係で問題を起こしまくるチャランポラン脳筋男」と告げられるのは、この後日であった。
******
がたーーーんっっっ!
隣室から分厚い樫の装飾ドアの防音を無視して音が響き、ドアが揺れる。
あ、サイラスがイーレ様にドアまで殴り飛ばされたな、とリルは判断した。
サイラスが若長ハーレイ達と共に『出頭』してから、娼館の貴賓室では話合いがずっと続いている。そんな状況で発生した騒音だ。
きっと師匠に対して暴言を吐いたのだろう。「クソババア」とか年齢に関する暴言があると、師匠の制裁は容赦がなかった。
生前のサイラスもその点だけは学習能力が皆無だった。年齢に関する失言をして、殴られる。
それが師匠と一番弟子の日常だ。
サイラスは、もしかしたら怒られることで、師弟の絆が切れていないことを確認したいのかもしれない。たまにサイラスの思考は子供っぽい傾向があることにリルは気づいていた。
驚くべきことにこの騒動音に対して、こちらの部屋にいる誰も動揺しておらず、平然としている。
館の女性達の『定期検診』なるものをしている治癒師シルビアは、会話を交わしながら対象者の健康状態を確認していたし、他の女性達は、迷惑料として用意された甘味の食べ放題を堪能しているか、リルが見本として展示している化粧品や小物類のどれを買うか吟味している。
「日常茶飯事」という言葉がよぎる。
つまりイーレとサイラスは、毎度鉄拳制裁を彼女達の前で繰り広げていたことになる。なるほど、備品を壊して娼館を休業状態にするわけだ。
リルは妙に納得してしまった。
ここまでこじれていたら、サイラスの説得は無理じゃないだろうか?
そもそもイーレはどうサイラスをどうするつもりだろう?天上への蟄居処分?
そうすれば、リルはサイラスに会えなくなる。せっかくまた会えたのに――。
リルは接客をこなしつつ、貴賓室の話し合いが終わるのを待った。
だが、それは長かった。
結局、試食も販売も終了しても貴賓室の扉は開かれない。
シルビアの『定期検診』なるものも終わり、自由時間を有効に使うために女性達は解散している。この長丁場を予想して、娼館主は『本日休業』の札をかけさせたのだろうか。すごい先見の明だった。
シルビアが診療の片付けをしながらも、取り分けてあったカステラをつまんでいるのを目撃した。
甘味類がある限り、シルビアは待つことは苦ではないようだった。
リルは娼館の使用人からお茶の一式を受け取り、下がらせた。エトゥール語の会話であっても、シルビアの正体がバレるのはまずいとの判断だった。
シルビアに東国のお茶を給仕しながら話しかけた。
「随分と時間がかかっていませんか?」
「まだ、かわいいものです」
「かわいい?」
シルビアの返答にリルは思わず聞き返した。
「激怒したイーレやディム・トゥーラの説教が一昼夜ほど続くことなんか、ざらですから」
「ざら…………ええっと、ディム様がサイラスに激怒して説教するんですか?」
「いいえ、ディム・トゥーラはカイル専任です」
説教の専任って、なんだろう――リルはちょっと遠い目をしたが、なんとなく理解もできた。




