(20) 東国にて⑳
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金を出して一晩だけ男女が睦み合うための娼館は、男性はともかく一般女性が嫌悪を抱く傾向がある。身体による快楽を金銭授受で提供するふしだらな行為とみなし、娼婦は蔑視と差別の対象だった。
その娼館に未婚の少女が出入りすることは誤解を生み、リルの名誉を傷つけかねない――イーレ達がリルの出入りを禁じたのは当然だった。
米の発酵酒の手配で専属護衛と共に、造り酒屋を訪れるのとは、訳が違う。
それが今、イーレ達と専属護衛が同行するからという理由で許可された。
いつもは歌姫を代理人として不自由な商売をしていたリルは、この機会を逃すつもりはなかった。
リルは娼館で働く女性を差別する気はなかった。例え、サイラスが出入りすることに対しての謎のモヤモヤした感情が存在しても、それは差別の理由にはならなかった。
客が喜ぶ商品を提供する――その信条にリルは忠実に行動した。
シルビア達から依頼の試食用の氷菓子にくわえて、アイリお得意の焼き菓子、生菓子、西の地の果実汁、安全な化粧品とそれを入れる西の地の彫り細工小箱を準備した。これらは女性を虜にする品々だと、リルは自信を持っていた。
もしも今後も娼館に出入りが許されるなら、娼婦達の欲しい物も正確に把握したい。
そうなると、東国の方言や独特の慣用句を用いた言い回し、娼婦達の出身地である地理情報、物産、風習も学ぶ必要がある。
リルは熱心に東国出身であるアッシュ夫妻から、それらの情報を聞き出し学習した。
これには、アッシュの方が困惑し、引き気味になった。
「リル様、東国の都以外の地理情報など不要でしょう?」
「故郷の話が出た時に理解を深めたいの。人の話に相槌をうつだけでは信頼は生まれないし、地方の風習を知っていれば会話を盛り上げられて、何よりも楽しいでしょ?」
「――」
「知識と情報の取得は、生き抜くために一番の効率のいい手段だって、カイル様が言ってた。私もお客様に満足してもらえる基本は、情報収集だと思ってるの」
「…………あの方はどこまで影響を与えているのか……」
アッシュが珍しく絶望したように片手で顔を覆って呻き、伴侶であるリンカが宥めるように優しく背中をぽんぽんと叩いた。
リンカは惜しみなく東国の地方の特徴や風習を披露した。
リルはそれをメレ・アイフェス達が地下拠点で大量製作した高級紙に惜しみなくメモをした。
「東国の教本でも、作るおつもりですか?」
アッシュの冗談にリンカは笑ったが、リルは少し考えこんだ。
「東国の教本…………カイル様とエルネスト様にネタを渡したら、作ってもらえるかも…………」
リルはメレ・アイフェスの貪欲な学習癖と探求癖を理解していた。
冗談が変な方向に飛び火して、専属護衛は複雑な表情を浮かべた。
「リル様…………」
「『立っている者は、親でも使え』がメレ・アイフェスの信条なら、メレ・アイフェスを使っても大丈夫だよね?」
リルは真顔で専属護衛の同意を求めた。
リルには今回の臨時行商に商売以外の下心があった。なんと言っても、目的の娼館にはサイラスがいるのだ。
奇跡の再会を果たしたはずなのに、リルがサイラスと過ごせたのは、ほんの数日だ。
リルも大災厄から復興中のエトゥール内の食糧や物資運搬の仕事があった。導師達と縁があり、王族と直接面談できるリルは、商業ギルドの裏の窓口の役割を担っていた。
王に文句をつけることのできない商業ギルドは、リルの持つ縁にすがりついている。リルはメレ・エトゥールやシルビアとの対面交渉と調停役で多忙だった。
リルが帰宅してもすれ違いの不在が多かったサイラスは、やがてアッシュとの鍛錬も放り出して移動装置を使い、放浪するようになった。
あまりにも音信不通で、もしや天上に帰ってしまったのでは、リルは焦ったこともある。
メレ・アイフェス達には、仲間がどこにいるか瞬時にわかる技術があるらしい。
リルの依頼に応じたのはカイルだった。
カイルは金属板を片手に情報の取得を行い、地図と照らし合わせたサイラスの現在位置の座標に一瞬固まったようだった。
「カイル様?」
「あーー、サイラスは東国にいるみたいだね……」
「東国……」
それは意外な場所だった。
リルは高級紙の買付けでサイラスと共に何度も訪れたことがある。だが、忘れ病のサイラスにはその記憶がないはずだった。
東国出身のアッシュから故郷の話でもきいて、興味を持ったのだろうか?
幸いなことに、リルは東国に発酵酒の買付けで週に3回ほど、移動装置を使って通っている状態だ。
会えるかもしれない。いや、会いたい。会いにいこう――リルはサイラスの所在が判明したことに喜びで顔を輝かせた。
「東国のどこですか?あ、それともそんな詳細まではわからないとか?」
「いや、わかるけど……記録を見ると別に東国にずっといるわけでもないし……」
カイルは目をやや泳がせて、ごにょごにょと言い訳を並べた。
「カイル様?」
「ほ、ほら、東国は治安が悪いからね。リルが行くのは少し――」
「ロニオス様のお酒の購入で、アッシュと一緒に週3で通ってます」
「うっ……」
カイルは詰まった。
「カイル様?サイラスの滞在先がわかるなら、会いに行きたいです。アッシュなら場所を案内できると思うし」
「あ〜〜」
カイルはさらに盛大に目を泳がせた。
それから大きなため息をついた。
「あのね……サイラスの東国の滞在先はね……その……言いづらいけど……アードゥルが経営する娼館だ」
娼館――男性が女性を買い、ナニをするところ、だ。
しばしその捜索結果を咀嚼するのに数秒かかり、理解したとたんリルの顔は爆発したように真っ赤になった。
リルも歌姫と知己でその職業を知っていたし、その昔には男やもめの父親が街に時々出かけに行って利用していた場所である記憶があった。
さすがにリルが向かうことができない場所だ。リルの訪問計画の野望はガラガラと崩れた。
「そ、そ、そこ以外にサイラスはどこへ行ってるのでしょうか?」
動揺を隠しきれずに、リルは再度尋ねた。
またもや、カイルは困ったような表情をした。




