(19) 東国にて⑲
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「リル、まず状況から説明しますね」
シルビアは静かに告げた
「アドリーの開発がすすんでいるとはいえ、多くの人はまだ避難生活を強いられています。ご存知のように陸の孤島に近い状態の王都に戻れることは、ほぼ不可能です。民衆はアドリーへの強制移住の王命を承諾したとはいえ、ストレス――精神的負荷がある状態です」
シルビアは少し視線を落とした。
「そうなると気分が落ち込んだり、抵抗が弱くなり精神的な病気にもなりやすいのです。リルも経験があるでしょう?」
リルはドキリとした。
サイラスを亡くして生きる気力を失った地獄のような日々を思い出したのだ。
「不適応障害を発症し、食欲不振に陥り、栄養不足や不眠症の悪循環に陥りやすいのです。また、衛生面の不備で疫病が流行ったりします」
「……疫病……」
「エトゥールでは、過去に河川の氾濫による洪水や戦争、干魃が原因の飢餓などで、疫病が流行るという似たような歴史を繰り返しています。こちらはカイルが書物で調べてくれました」
シルビアは小さな吐息をついた。
「本来なら施療院のように予防薬を配布すればいいのですが、いろいろ問題がでています」
「問題……ですか?」
「知識のない民衆を煽る陰謀論を説く人種が出てきているのです。エトゥール王が薬と称して毒を配布して足手纏いの避難民を殺害しようとしていると――」
リルは唖然とした。
大災厄に立ち向かい世界を救った賢王に対して、酷すぎる侮辱だった。
「なんですか、それ?!」
「まあエトゥールを混乱におとして領土を拡大しようとする外国のスパイ――間者が暗躍しているのだけどね」
イーレもため息をついた。
そこには幾分かの軽蔑の色もこもっていた。大災厄による滅亡を回避した事実を知らずに、領土拡大を目論む恩知らずな行為に腹をたてているのだろう。
「一般の治療薬を所持者から強奪して、他国への横流しも見られたのよね」
リルもシルビアが調合する薬がどんなに高性能かよく理解している。
大災厄前にシルビアの薬を遠方の村や街の治療師に届けていたのはサイラスとリルだった。
「つまり民衆を救うはずの薬が他国からの略奪対象になって、治安悪化の呼び水になりかねないということですか」
「本当にリルは賢いですね」
シルビアは微笑んだ。
カイル曰くシルビアの微笑は二種類あって、怒っているときと、本当に微笑んでいるときらしい。後者は甘味がからむ以外は稀有だという。
ああ、確かに精霊の魅了術としか思えないエトゥール王妃の微笑の影響力はすさまじい。
リルは微笑をむけられて赤面し、シルビアのためならなんでもしたくなった。
メレ・エトゥールが制限をかけることも理解できた。これは愚かな横恋慕男性を大量に生産しかねない危険があった。
「そこで嗜好品に薬を混ぜることを思いつきました。甘くて美味しいお菓子なら、子供を優先に予防薬を与えることができます」
「しかも保冷箱がなければ、溶けちゃう代物だしね」
イーレは、にやにやしていた。
「保冷箱ごと強奪されたら?」
「タイマー――時間がたつと保冷機能が切れる仕組みにします」
「おまけに保冷箱は追跡機能つき」
イーレは、完全に悪戯を楽しむ悪い子供の顔になっていた。
「あのカイル様や私の居場所を把握できる腕輪のようなものですか?」
「そうそう。だいたい氷菓子という嗜好品を知っているのは貴族だし、どこの貴族が掠奪しているか検討はついているけどね」
「もしや、これはメレ・エトゥールの提案ですか?」
「私達の目的を聞いて、メレ・エトゥールとディム・トゥーラが計画を補正してくれました」
「ディム様まで……」
計画の補正の方向が違う、とリルは内心思った。
シルビアが望む民衆救済の嗜好品配給計画に、エトゥールの貴族で外国と内通している人物の炙り出しの罠が組み込まれている。
ちらりとイーレを見ると、彼女はリルに片目をつぶってウィンクをよこした。
イーレ様は意図を正確に把握している。
「よくわからないけど、ディム・トゥーラは『権謀術数の初級コース』だと言ってました」というシルビアの発言で、リルは確信を持った。
なんとなくセオディア・メレ・エトゥールがほくそ笑んでいる姿が浮かんだ。
エトゥールの内乱の芽を詰みたいのだろう。
「で、最初の話に戻るけど、本格流通の前に試食も兼ねて東国の歌姫達を慰労したいわけ。保冷箱や裏事情を理解しているリルに運搬をお願いしたいのよ」
「それはかまいませんが……」
「ついでにサイラスも、海より深く反省させようかと思って」
笑顔で言われたイーレの言葉がとんでもなく物騒だった。




