(18) 東国にて⑱
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すみません。4/15日更新予定だった分です。
(土下座)
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「……降りたのが西の地で本当によかったわ」
イーレはしみじみと言った。
確かに西の民は戦闘民族でありながら、精霊を信仰し、自然と共生することを戒律としており、ある意味純朴だった。
周辺諸国における貴族階級の権謀術数とは無縁とも言えた。おまけに西の民の欠点である男尊女卑の傾向は、ハーレイの伴侶となったイーレが絶賛矯正中だった。
強さが評価され、地位と比例している西の地で、女性であるイーレがほとんどの男性を叩きのめすことは、誰も予想しなかっただろう。
男女の劇的な下剋上が生まれつつあった。
「リル、コストの点から言うと問題はないと思うの」
イーレはきっぱりと断言した。
リルはすぐに質問をした。
「この氷菓子の原料はなんです?」
「多少、調整がいるけど牛か山羊の乳よ」
「その調達は?家畜は大災厄で激減しましたよね?」
「ディム・トゥーラが培養――じゃなくて、数を増やしてくれているの」
さすが精霊様――リル自身が昔から世話になっている彼の協力を、リルは嬉しく思った。
「では、飼育のための餌代は?」
「アードゥルが大量生産してくれる穀物でまかなうの」
「それ、アードゥル様の了承は得てます?」
リルの鋭い質問にイーレは露骨に視線を逸らした。つまりは承諾をとっていないという返答に等しかった。
こういうところがサイラスとイーレは似ていた。面倒な交渉ごとを後回しにするか、交渉が得意な他人を当てにして回避しようとするのだ。
師弟そろっての悪癖だった。
大災厄後の人々への穀物供給は最優先事項で、このアードゥルの裏技のおかげでエトゥールの民は飢えずにすんでいる。
むしろ穀倉地帯が消失して再構築しているエトゥールからの輸入に依存していた他国の混乱の方が酷かった。
避難先であるアドリーを新王都とするための開発が進められるのも、いまだに民衆の暴動が起きないのも、セオディア・メレ・エトゥールが惜しみなく備蓄を放出していると思われているからだ。
それを裏で支えているのは、導師達だ
その彼等が提供している貴重な穀物を、嗜好品作成のための原料にまわすなど、アードゥルは了承するだろうか?
あ……、すでに前例があるか……。
そういえば、すでに同じことをしている人物がいることに、リルは気づいてしまった。
猫の精霊獣姿のロニオスは、アードゥルから容赦なく穀物を搾取し、極上のコメの発酵酒を生産開発することに余念がない。
アードゥルは文句を言いつつも、結局ロニオスの望みを叶えているのだ。ロニオスとアードゥルの関係は、どこかイーレとサイラスの関係に似ていた。
一方、イーレとアードゥルの関係はやや複雑である。アードゥルは、イーレの『双子の姉』の元伴侶だという。
アードゥルは、義妹であるはずのイーレに対して、なぜか塩対応だった。
その点からもアードゥルへの交渉は、多分自分回ってくる。歌姫ミオラスを仲介者とすることが一番いいだろう、とリルは早くも脳内で段取りを組み立て始めた。
リルは質疑を再開した。
「搾乳の人件費は?」
「クトリが自動搾乳機――えっと、そこはメレ・アイフェスの技術で――」
「あいすを作る職人は?」
「職人はいらないのよ。原料を機械――ええっと箱にぶちこめば、短時間でできあがり」
「イーレ、説明が雑です」
呆れたようにシルビアがイーレをたしなめる。
「他にどうやって説明すればいいのよ?」
イーレが唇をとがらせて拗ねた。
西の民の子供が拗ねているのだが、これまた可愛いかった。
これでシルビアやサイラスよりはるかに年上で上官の地位にいるのだから、メレ・アイフェス達の外見年齢の不一致は摩訶不思議だった。
サイラスは師匠に対してよく「糞ババア」と暴言を吐き、イーレからの鉄拳制裁を受けるのが常だった。
シルビアの指摘通り、確かにイーレの説明は不明瞭だったが、リルも養い子として学んだことがある。
追求しても無駄――メレ・アイフェス達の精霊の奇跡に近い技術は『そういうものだ』と受け入れるしかないのだ。
「つまり、原価はいっさい気にしなくていいということですか?」
「そうそう」
イーレがリルの洞察に手を叩いて、ほめそやした。
「目的が見えません」
「へ?」
「単純に嗜好品としての普及が目的じゃありませんよね?シルビア様が食す目的なら、すでに供給が成立しています。民衆に普及する物が欲しくて、手っ取り早いのが『あいす』なんですか?」
イーレはポカンと口をあけた。
逆にシルビアは満足そうだった。
「ほら、カイルと私が言った通りでしょ?リルに誤魔化しは効かないって。この子はとても聡明なんです」
シルビアが背後にまわり、リルの両肩をポンポンと叩いて勝ち誇ったようにイーレに対して自慢した。
聡明とか言われているが、逆にリルはどの指摘事項が褒められる要因だったのかわからなかった。
説明役を引き取ったのは、シルビアだった。