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(16)東国にて⑯

お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。

現在、更新時間は迷走中です。 面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)

 リルが東国(イストレ)にあるアードゥルが経営する娼館宛に茶菓子を運ぶという奇妙な依頼を受けたのは、それからしばらくたってからだった。

 アードゥルが経営する娼館は、間違いなくサイラスの滞在先であり、リルはドキリとした。


 場所が場所だけに年頃の少女が出入りする場所ではない、とメレ・アイフェス達から直接の取引を止められていた禁断の場所だった。

 

「ちょっとリルの手を借りたいの」


 意外なことに、リルが出入りすることを反対していた筆頭のイーレが依頼してきた。


「茶菓子を大量に持ち込んで、彼女達を慰労(いろう)したいの。迷惑をかけているし」


 『彼女達』というのは娼館で働く女性達のことだろう、とリルは察したが、『迷惑をかけている』という表現が気になった。


「氷菓子を試作したので、ぜひミオラス様にも食べてもらいたいのですよ」


 そう言ったのは、イーレの隣に座るエトゥール王妃の座におさまっているシルビアだった。


「氷菓子?」

「カイルからもらったレシピがようやく再現できたのです」


 カイルがいろいろなところから甘味に関するレシピを集めていて、リル自身も遠国のレシピを調達したことはあったが、氷菓子は極寒の北国の産物だった。

 氷点下の気温や氷室を必要とするため希少価値があったが、流通方法が皆無に近く課題だった。


「あ……もしかして……」


 リルの言葉を肯定するかのようにシルビアは満面の笑みで頷いた。普段は生真面目なエトゥール王妃の無邪気な笑みは、魅了全開状態で危険だった。


「クトリにアイスクリーム・メーカーを作ってもらったのですよ」

「……あいすくりーむ・めーかー?」

「簡単に言うと、エトゥールやアドリーで氷菓子が作れる道具……ですかね。冷やしながら、攪拌(かくはん)調合――じゃなくて調理ができるのです」


 確かに『保冷箱』なる道具を作れるクトリならお茶の子さいさいだろう。だが、問題は他にもある。


「カイル様やディム様の許可は……?」

「シルビアが『ファーレンシア様が喜ぶ』と言った時点で陥落(かんらく)よ」


 イーレが肩をすくめて答える。

 カイル様、完全攻略されている――と、リルは思った。


「……ディム様は?」

「無人走行荷車(にぐるま)に比べれば、かわいいものだと言ってくれました」


 ああ、うん、カイル様のやらかし具合と比べれば、たいていのものがかわいいと言える、とリルまでもがその言葉に納得してしまった。


「こちらがそれで作った氷菓子です。ぜひ味見をして、商人としての意見をください」


 リルは差し出されたデザートに目を見張った。色のついた固めた雪玉のようだった。


「こちらがアイス、こちらがジェラート、これは氷を細かく削った『かき氷』なるもので果汁をかけて食べてみてください」


 リルはおそるおそる試食した。


「美味しいっ!」


 冷たく、甘く、天にも舞い上るような極上の食感だった。王侯貴族専用の甘味でもおかしくないレベルで、外交の接待にも使えるに違いない。

 何よりも美味しすぎて全女性を虜にしそうだった。


「これは……女性をダメにする甘味ですねぇ……」


 リルの感想が変なものになったが、意味は伝わりシルビアは頷いて微笑みを浮かべた。


「現にシルビアはダメになっているわ」


 やや呆れ気味にメレ・アイフェスを統括する立場のイーレがぼそりと言った。


「イーレ、ひどいです」

「事実じゃない」


 確かにシルビアの生真面目仮面が行方不明になっている状態だった。

 リルは(さじ)を置いて、試食をとめた。


「シルビア様、イーレ様、お二人が見落としているであろう、まず重要な意見を」

「なんでしょう」

「シルビア様が男性の前でこれを食べたら、エトゥール王(メレ・エトゥール)が全面禁止にする恐れがあります」


 はっ、とシルビアとイーレが息を飲む。

 シルビアにはその(たぐい)の前科があった。

 おまけにメレ・アイフェス達は、自分に向けられる好意に鈍いという共通の悪癖があった。


「私が食すのは、メレ・エトゥールの前か、女性だけの集まりにします」

「それならば、即、メレ・エトゥールの許可は降りるでしょう」


 むしろ開発したクトリに対してエトゥール王から報奨金が出るだろう。

 セオディア・メレ・エトゥールは、シルビアの無邪気な笑みを独占でき、かつ積極的に二人だけの時間を作ろうとするシルビアの姿が目に浮かぶ。


「……ところで商人としての意見とは?接待外交にも使えそうな出来だと思いますが……」


 イーレとシルビアは、視線を交わした。


「私達はこれを民衆のありきたりの嗜好品(デザート)にしたいの」

「………………はい?」


 商人としての意見以前の問題だった。


「平民にはこんな贅沢品を買う余裕はありませんよ?」

「そうなの?リルはこの氷菓子を幾らぐらいだと思う?」


 リルは北国の氷菓子の相場を思い出そうとした。


「銀貨1枚以上かと」

「銀貨1枚?」


 二人は銀貨の価値にぴんとこないようだった。

 それは無理もなかった。西の地とエトゥールの相場は違うし、まして二人は自分で外で買い物はしない。

 リルが御用聞きとして出入りしているし、支払うのは付き人兼専属護衛のアイリや筆頭侍女などだった。

 おまけにメレ・アイフェス達に基本、物欲はない。宝飾品や衣服や雑貨に対する執着がなく、なさすぎて周囲が困るレベルなのだ。

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