(15) 東国にて⑮
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。
新しい年度に入りました。私生活も落ち着いたので更新頻度を増やすことに挑戦したいと思います。(今年度の目標)
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「今のサイラスは、リルが好きだったサイラスじゃないかもしれない。リルと過ごした数年の記憶がないサイラスは、例えるなら顔が瓜二つのサイラスの双子の弟に近いわね」
「……双子の弟……」
「だってサイラスはリルの前で、素を隠していたでしょ?リルは問題児のサイラスをどう思う?1回死んだら、似て非なる男性が戻ってきたみたいなものじゃない?」
似て非なる男性――。
イーレの表現に、リルは黙り込んだ。
帰ってきたサイラスは、サイラスではないのだろうか?
顔だけが似ているだけの全くの別人なのだろうか?
違う。
そうじゃない。
リルの直感に似た感覚は、告げていた。
忘れ病にかかって記憶は失われていても、あの人はサイラスだ。
間違いなく彼だ。
もう一度会いたくてたまらなかったサイラス本人に違いなかった。
リルは無意識に首を振った。
「……イーレ様、サイラスのどこが好きかと問われましたね?私、サイラスが好きです。大好きです。今まで、どこが好きなんて考えたことなかったです。強いてあげるなら……強くて守ってくれるところとか、優しいところとか、武術や武器に夢中になるところとか、たまに子供っぽいところとか、朝が意外に弱いところとか、本能で行動するところとか、過保護すぎるところとか、不器用なところとか、強いのに精霊獣に怯えて世話ができないところとか、師匠であるイーレ様に素直に慣れないところとか、イーレ様の心を射止めたハーレイ様に反発しながらも認めているところとか――」
「ちょっと待って、今、項目に変なものが入った」
イーレが制止したのも気づかず、リルは勢いこんで言った。
「一緒にいて楽しいし、いつまでも一緒にいたいし、女性にモテているところを見るとモヤモヤしちゃうし、すごく年上だから私なんて永遠に子供扱いだろうし――イーレ様、あれはサイラスです。双子の弟なんかじゃない。猫を被っていた、というイーレ様の表現もわかるし、記憶のないサイラスが『養い子』という立場に困惑しているのもよくわかります」
――美味シイ
リルは思い出した。
出会った日に、命の恩人であるサイラスを家に招いた時、リルの作ったシチューを片言のエトゥールで褒めてくれたのだ。
父親が死んでから、シチューの味を褒めてくれる人と食事をすることはなかった。
あの一言でリルは嬉しくなり、王都への道が明らかに不慣れな異国の旅人に協力してあげたくなったのだ。
「私、記憶を失ったサイラスを手助けしたい。私のことを忘れているのは悲しいけど、今のサイラスを助けたいし、一緒にいたい。そばにいたら、サイラスの役にたてると思う」
忘れ病にかかってここ数年の記憶がない――それは時間が巻き戻った状況に近いかもしれない。
サイラス自身がその状況に困惑しているのは確かだ。
「リル、なんていい子なのっ!!」
リルはいきなりイーレに強く抱きしめられた。
ぎゅうぎゅうと抱擁されたが、イーレが子供姿でありながらも、大人に抱きしめられる安心感が不思議な事にあった。
それは西の民の占者である老女ナーヤに抱きしめられている感覚に似ていた。
導師は不老長寿で、イーレがサイラスより遥かに年上だということが実感できた。
「あんなバカには、もったいない子だわ。私の養い子にしたいぐらい。よし、師匠としてサイラスに教育的指導をします。安心するように」
「イーレ様のサイラスに対する教育的指導って…………」
ぶちのめす、とリルの中で脳内変換されたのは『てれぱしー』とかいう加護のせいだろうか?
「あ、あの……イーレ様?」
「捕まえて、ふんじばって、叩きのめして、反省させる」
「反省させる要素なんてどこにもないです!」
「要素だらけじゃない。養い子にこれだけ心配させるなんて」
「いえ、だから、その養い子問題がサイラスに負荷をかけているんであって……」
「それを負荷と思うような弟子なんかいらない」
サイラスが一番恐れている破門にまで発展しそうで、リルは青ざめた。
「大丈夫、まかせておきなさい」
そこから、サイラスとイーレの不毛な『追いかけっこ』が始まった。今回のサイラスはなぜだか、拗らせていた。
さすがのリルもこれは単純な「養い子問題」ではないのでは、と察した。
入り浸る逃亡先が治安の悪い東国で、しかも因縁のある関係者の娼館なのだ。
しかもイーレとハーレイが連れ戻しても、おとなしくしているのは数日で放蕩生活に戻る。
娼館の関係者である歌姫ミオラスにそれとなく聞いてみると、毎回イーレとサイラスは大立ち回りをやらかし、娼館の部屋や備品をぶち壊して、多大な弁償金を払っているという驚愕の事実が判明した。
蒼白になって謝るリルに歌姫は艶やかに笑った。
「むしろサイラス様は救世主ですよ?」
「はい?」
「壊された娼館の修繕中は、『ゆうきゅうきゅうか』なるものが付与されて、休みになるの。嫌な客と寝る必要もなくて、お給金もでる。しかも上乗せされる。イーレ様は美味しいお菓子を手土産に持参されて、殴りこみにきてくださるので、贅沢もできる。皆、イーレ様の襲撃訪問を待ち侘びる始末で――」
何か間違っている、とリルは思った。




