(12) 東国にて⑫
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再会してからのサイラスはリルのことを『養い子』と呼びかけるだけで、リルの名を一度も口にしたことがなかった。
サイラスは、関心のない人物の名前を覚えようとしない癖があった。だから、リルはサイラスが自分に関心がないのだ、と察していた。
生前と真逆の態度でリルは困惑するしかなかった。
記憶がないサイラスにとっては、養い子は晴天の霹靂のごとくの突然沸いてでた意味不明の扶養家族なのだ。
露骨に放蕩生活を続ける理由は、養い子との共同生活の回避が理由ではないだろうか――と、リルはイーレに思いつめて相談した。
イーレの返答は意外なものだった。
「ごめんなさい、リル。本当に本当に本当に申し訳ないけど――」
サイラスの師匠であるイーレは土下座する勢いでわびた。
「サイラスって、本来、あんな感じ」
「………………あんな感じとは……?」
リルは困惑した。どの部分を指して言っているのだろう。
「あ〜〜」
イーレは言葉を探して、空中に視線を彷徨わせた。リルは辛抱強く、答えを待った。
「…………まず、リルは昔のサイラスに対してどんな印象を抱いていたかしら?」
印象――リルは考えこんだ。
「身体を動かすのと鍛えることが大好きですよね」
「そうね」
「強い人を見ると、喜んじゃう」
「うんうん」
「で、煩わしい上下関係が嫌い」
「うん」
「相手がエトゥール王でも平気で喧嘩を売りそう」
「……正しいわね」
「外見上は世間知らずなお坊ちゃまに見えますが、タフでしたたかに影で徒党を組んでやんちゃをするタイプかと」
「……非常に正確にサイラスという人物を把握してるわ」
「でも、面倒見はいいです。私を養い子として、保護してくれました」
「……そう」
「過保護すぎましたけど」
「…………ホント、それは予想外だったわ」
「はい?」
イーレは深い溜息をついた。
「はっきり言って、サイラスはリルの前では超超超超巨大な猫をかぶっていたのよ」
「……………猫をかぶっている……」
巨大な猫の着ぐるみを着ているサイラスの姿が、リルの脳裏に浮かんだ。
いやいやいや、これは比喩表現だ。猫をかぶる――本性を隠しておとなしいふりをするを意味する慣用句だ。
リルは思わず言った。
「……全然、おとなしくなかったように思えますが……?」
「ああ、うん、そうよね」
突っ込みにイーレが遠い目をして、憂いの吐息を再びついた。
「でも、そんなに派手な女性関係はリルの前でなかったでしょ?」
「かなりの女性に言い寄られていましたが、すらりとかわしていました」
「え?そうなの?」
その報告にイーレの方が慌てた。
「サイラスはモテましたよ?サイラス目当ての女性が多かったし、サイラスもたまにそれを利用して商品の売り上げを伸ばしていました。地方を行商した時なんか、凄まじかったんです。本人にその気はありませんでしたが、あれは一種の商才かと……」
「……………………いや、待って。サイラスが、言い寄られて、すらりとかわす?あの、来るものは拒まず、去るものは追わずのサイラスが?」
「――」
「……巨大な猫を背負いすぎだわ」
イーレの呟きに、リルはサイラスの素行不良の実態を知った。女性関係が派手な前科があるということだ。モヤっとしたものが、リルの胸中に生まれた。
「あの…………来るものは拒まずとは、二股、三股は当たり前…………みたいな?」
「それは、なかったわね」
リルは、少しだけ安堵した。
「子供をもうけて、音信不通とか?」
「そういう不誠実なことをしていたら、私が半殺しにしてるわよ?」
「そうですよねぇ」
イーレの物騒な言葉に、リルは思わず納得した。イーレは女性を泣かせる男は、叩きのめす主義だ。
「つまり、メレ・アイフェスの世界でサイラスは女性関係が派手だった、と……」
「ええ」
リルは、恐ろしい可能性につきあたった。
「――もしかして、結婚してたりしますか?!」
「はい?」
「子供がいるとか?!過保護だったのも、私と自分の子供を重ねていたからとか?!」
「――」
イーレは大爆笑した。
「イーレ様?!」
「……あのサイラスが結婚して家庭をもつくらい落ち着いているなら、私の過去の苦労は激減しているわ」
「……はい?」
「私はね、弟子をとるにあたって、いくつかルールを設定したの。『女・子供に親切にしろ』は、その一つなんだけどね。あの馬鹿は、なんも考えないでそれを実行したのよ。どうなったと思う?」
「えっと……?」
「自分は特別だと勘違いする女性が多数誕生したの」
リルは脳天から串刺しされた気分を味わった。まさに自分だ。
イーレはリルの動揺に気づかなかった。