(11) 東国にて⑪
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専属護衛のアッシュが、元はエトゥール王暗殺のために東国から派遣された人物であることを、リルは知っている。
信じがたいことにエトゥール王であるセオディア・メレ・エトゥールは、物好きにも捕縛した暗殺者を専属護衛として配下に加えたのだ。アッシュという実力のある鍛錬相手を得たサイラスが、浮かれてリルにその正体について口をすべらせた。
後日、リルはメレ・エトゥールの義弟になったカイルに事実を確認したが、カイルは隠すことなくあっさりと認めた。
カイルが言うには、それはエトゥール王の「悪癖」並びに「趣味」だそうだ。
つまり有能な人間は敵であろうが口説き落として、重用するらしい。さらにメレ・エトゥールは、宿敵カスト国の大将軍ガルースまで口説こうとしたというのは、王の伴侶であるシルビアまでが認めた。
そんな話をきくと暗殺者アッシュの専属護衛への登用は、かわいいレベルに思えてしまうから錯覚とは恐ろしい。
そういう意味では、サイラスもエトゥール王と似たような傾向があった。
サイラスは、アッシュの正体を知りながら平然と鍛錬相手という交友関係を築いていた。
東国人のアッシュは寡黙なふりをして――絶対に寡黙ではない、とリルは今では確信を持っているが――専属護衛の中でも一匹狼的な存在だった。
当時のサイラスは、鍛錬をしたいという単純な理由で、アッシュにグイグイと踏み込んでいる。その熱心さは暗殺者になりたくて、アッシュに弟子入りをしたいのか、とリルは思ったぐらいだ。
アッシュは老中ダカンの命令で、エトゥール王の暗殺を計ったのだろうか?
だとしたら、報復と警告のために同様の命令をエトゥール王がアッシュに発したことは充分にありえた。あの頃のサイラスが興味津々でそれに同行したことは、想像できてしまうのだ。
彼等が暗殺目標であるダカンの屋敷で、アードゥルと遭遇したことにも辻褄があう。
事件のあった夜、『四つ目使い』とあだ名されるアードゥルが魔獣の四つ目を大量に召喚したと聞いている。
惨劇の舞台となった老中屋敷では衛士と呼ばれる守備隊やダカンの一族や使用人、下働きなど多数の人々がいたが、ダカンとともに四つ目の犠牲になった。
その時、サイラスとアッシュは、屋敷の生存者を脱出させるために大量の四つ目と対峙している。偶然にも、その生存者の中に、アッシュの知己であるリンカが含まれていた。
もしもイーレがエルネストの行方を探し、東国の訪問を決意しなければ?
イーレがリル達に東国の案内を頼まなければ?
リル達が気まぐれに精霊獣の幼体を手に入なければ?
あの日、アッシュとサイラスが老中屋敷にいかなければ?
カイル達が戦闘の現場に辿りつかなければ?
イーレがアードゥルに殺されていたら?
いくつもの仮定が存在し、どれも関係者の運命に大きく影響していた。
個人の選択と偶然が、様々な影響を生み出し、奇跡のような『今』を生み出していることをリルは悟った。
こんな複雑な偶然があるだろうか?
『世界の番人』と呼ばれる精霊が、密かに干渉していたのなら、ありうるかもしれない。
そもそもサイラスが同行していなければ、アッシュとリンカは老中屋敷で四ツ目の犠牲となっていただろう。アードゥルとの接点も生まれなかった。
そうなれば、大災厄でエルネスト、アードゥル、歌姫の協力は得られなかったかもしれない。
落ちてくる星の進路を変えることができても、消滅の地域は倍増していて、大陸全土の被害と混乱は、今以上だっただろう。
それは間違いなく地獄だ。
一方、救済されたはずの人々は恵まれている奇跡の結果を理解していなかった。目先のことに囚われ、今の不満を平気で口にしている。
大災厄後の不作も天候不順も不自由を強いられる復興生活も、あろうことか、影で救済のために身を犠牲にした精霊獣達の呪いとまで言う始末だ。
それを世界の番人と同化したカイルは、どう感じているのだろうか。
人間は欲深さという業をもつ。
だが、リルはその人々を非難することは出来なかった。
彼等よりも欲深いのは、自分だ――リルはそう思っていた。
記憶を失っているとはいえ、サイラスに再会できた。それはカイル達の世界の奇跡の技の恩恵だ。
にもかかわらず、サイラスの記憶の中に自分が存在していないことが、とてもつらかった。
サイラスともう一度会いたいという望みが叶えられたら、次は自分のことを思い出して欲しいと思ってしまう。その欲深さをリルは恥じていた。