(8) 東国にて⑧
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サイラスは、アードゥルを500年前の降下調査における残留生存者と理解していたので、そんな過去の対立に驚いていた。それは平然として語る内容だろうか?
ハーレイの小脇にかかえられたイーレが、お茶を飲んでいるアードゥルを見た。
「貴方、よくあの殺し合いの中で、私の言葉なんて覚えているわね?」
「どんな混乱時でも情報を拾えが、ロニオスの教えだったからな」
「でも、忘れていいわよ?」
「忘れられるものか。『私の一番弟子に何をしやがる』って喚いて私に襲いかかったじゃないか」
「先にサイラスを半殺しにしていたのは、そっちでしょ?!」
「殺し合い」とか「襲いかかる」とか「半殺し」とか物騒な会話がつづく。
だが、サイラスは別の言葉に気をとられていた。
一番弟子。
一番弟子。
一番弟子。
頭の中でリフレインされる。
そうか、俺はイーレに一番弟子と認知されていたのか。
興奮と感動と羞恥に、血圧が一気にあがることを自覚した。交感神経の刺激は、脈を早め、顔の毛細血管が広げた。
結果、サイラスの顔は真っ赤になった。
「ちょっと待って、顔を赤らめる要素が今の会話のどこにあるの?!」
イーレが目ざとくサイラスの異変に気づき、いらぬ突っ込みをいれてきた。
イーレは鋭いようで、時々致命的なほど鈍くなる。
サイラスは、両手で顔を覆い隠した。
「もしや一番弟子のあたりか?」
若長ハーレイも、やっかいだった。
こちらはサイラスの心理を正確に見抜き、周囲に解説をするのだ。
「…………頼むから黙っていてくれ……」
サイラスの言葉の調子は、懇願の域に近かった。
幸いなことにハーレイはサイラスの反応に笑うことなく、抱えていたイーレをサイラスの前におろし、立たせた。
照れくさい師匠と弟子の対面だった。
イーレも照れ隠しの咳払いをした。
「と、とにかく弟子なら要望は、はっきり言うこと。長年の付き合いで、わかっているでしょ?」
イーレは、やや怒ったように頬をふくらませて言った。
「――」
弟子なら――と、今回の件で破門はしないという遠回しな表現にサイラスは気づいた。
「返事は?」
「…………わかった」
「それから娼館通いの放蕩生活はやめなさい。リルが家に帰って来ないのは自分のせいでは、と気にしているから」
「…………わかった」
イーレは腰にまいた西の民の剣帯から、そこにある剣ではなく、共に差し込まれていた飾りのような短い棒を抜いた。
イーレが握りしめた金属の短棒は、不思議な光を帯びながらみるみるうちに長さを変えた。身長を越えた長さの長棍を、イーレは枝を折るかのような仕草で正確に二等分に分割した。
折れた音もなく、静かな奇術のように二等分にしたのだ。
これには見守っていたハーレイとアッシュがあっけにとられた。硬そうな金属棒がイーレの手で簡単に折られたことを目の当たりにして、驚愕の表情を浮かべた。
同席していたアードゥルの伴侶である歌姫ミオラスも、目を丸くして驚きに口に手を当てた。
「はい」
あっさりと、イーレは片方をサイラスに向かって差し出した。サイラスは黙って受け取った。
やや短かかった棍は、今度はサイラスの手の中で、長さと太さを変化させた。
「イーレ、もしかして俺によこした長棍も、そうやって作ったのか?」
イーレはハーレイのやや慌てたような質問の意味がわからず首を傾げた。
「うん、そうよ。それが、どうしたの?」
答えながら、イーレも自分の手の中で、残った棍の長さを調整し、元の長さに成長させた。
ため息をついたのは、やりとりを見守っていたアードゥルだった。
「イーレ、この地上には長さを変幻自在に変化調整できる生体記憶合金は存在しない」
「………………え?」
イーレは思わぬ指摘に固まった。
アードゥルは再び息をついた。
「……やっぱり自覚はなかったか。ロニオスに言って、文明レベルについての補講をとりおこなうべきか」
「え?だって、遺伝子理論をガン無視する精霊獣がいるのよ?これぐらいの素材は当然――」
「ない。彼等にとってその長棍は、神話級の武器のようなものだ。まったく君のやらかし具合は、カイル・リードに匹敵するぐらい酷い」
「やめてよ、カイルと一緒にするのだけは!」
「いや、間違いなく、あの大馬鹿者と同等だ」
アードゥルの言葉は、イーレに衝撃を与え、落ち込ませた。