(7) 東国にて⑦
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目にも止まらないあざやかな一撃だった。
いつもイーレの怒りの鉄拳を寸止めする役割のハーレイは、唖然としてつぶやいた。
「…………これは、止め損ねたな。すまん、サイラス」
彼は、元凶のイーレをいつものように小脇にかかえてそれ以上の暴行を封じ、イーレも暴れることはなかった。イーレは、荷物のようにハーレイにかかえられても、暴言を吐いた弟子を睨んでいた。
『ばばあ』発言が惨劇の原因であることは、関係者の目からみても明らかだった。
その場に居合わせた専属護衛のアッシュの方は、過去にイーレの年齢に言及した自分に対してカイルが『勇気がある』と称賛した意味を正確に理解した。
なるほど、世の中には触れてはいけない禁忌の領域というものがあるのだ。イーレ様の実年齢に関する発言は要注意――アッシュは深く頭に刻み込んだ。
一方、被弾したサイラスは、喚いた。
「何しやがる!この糞ばばぁ」
「なるほど、もう一発殴られたいと……」
全面戦争勃発かというところで、そのやりとりを見守っていた娼館の主人であるアードゥルが静かに声をかけた。
「君達、娼館の弁償金がさらに増えてもいいのかね?私は間違いなく儲けをそれに乗せるから、一向に構わないが?」
毎回、弁償金を増額している二人は「うっ」と、固まった。かなりの抑止のある現実的な指摘だった。過去に精算した弁償金の総計は、結構な額でもあった。
修繕費とその工事期間中の娼婦達の休業補償も加算されている。娼婦達にとっては、天の恵みのような有給休暇であり、サイラスがますます歓迎されるという、明後日の方向の悪循環を生み出していた。
「イーレ、サイラスの失言より問題解決が優先だ。サイラス、余計な罵倒はしばしこらえろ」
仲裁に慣れているかのように、ハーレイは双方に指示した。実際、彼は慣れていた。
「イーレ、サイラスの長棍の件について、彼に再度与えることについてどう思っているんだ?」
「……別に……」
イーレは小脇にかかえられたまま、頬をふくらませて拗ねたようにそっぽをむいた。女帝の威厳は消え、父親に説教を受けている西の民の子供そのものだった。
「『別に』じゃ、わからん」
「ハーレイ、どっちの味方よ?!」
「長棍に関しては、サイラスだ」
ハーレイは、はっきりと言った。
「敬愛する師匠からもらった長棍を失ったサイラスの失望は深い。不可避の事故の中の話だ」
「ババア扱いなのに、どこが敬愛?」
「敬愛しているだろう。失われた長棍が元で拗らせているんだから」
「………………」
「思い入れがなければ、他の長棍を入手しているのではないか?」
「………………」
「サイラス」
裁定者はサイラスを見た。
「イーレにはっきりといえ。師弟とはいえ、言葉による対話は必要だ。欲しいのは、イーレから分け与えられた長棍だな?」
「そう……だけど……」
「だけど、とか余計な言葉はいらん。欲しいか欲しくないか、だ」
「欲しいに決まっているだろう!」
叫んでから、サイラスは顔を赤らめて、イーレの視線を避けるようにそっぽむいた。
サイラスの意外な反応にイーレの方がきょとんとした。
「………………なんで、そこで照れるのよ……」
「複雑な男心だ。見てみぬフリをしてやれ」
「はあ?意味わかんない」
かかえられたままのイーレは、若長を仰ぎ見た。
「解説が必要か?日頃、イーレは一番弟子にだけ厳しく、めったに褒めもしない。サイラスは、弱音を吐けば愛想をつかされると思っている。だから、師匠に甘える方法も知らない。――イーレも不器用だが、なんだかよく似た師弟だな」
「「は?」」
サイラスとイーレは、そろって解説に異議を唱えようとしたが、ハーレイはやれやれと首をふって反論を封じた。
「サイラス、記憶は失われているかもしれないが、東国で一般民衆を大量の四つ目から守ったことがあった。その時、イーレに褒められた感動のあまり、『死んでもいい』と口走っているぞ。カイルが証言しているから間違いない」
「………………は?」
「イーレに褒められたかったんだろう」
「そんなこと言うわけが――」
あるかもしれない。
いや、おおいにあるだろう。
確かにイーレに褒められたら、『死んでもいい』と口走りそうだった。
サイラスは片手で口を覆い隠した。
「…………イーレが褒めた?」
「褒めたらしい。『さすが、私の一番弟子』『最高』と」
「…………嘘だ。絶対に嘘だ。イーレがそんなことを言って褒めるわけがない」
「褒めてるぞ」
意外な方向から声が降ってきた。発言者はアードゥルだった。
「私もその場にいたから、イーレのその発言を覚えている」
「その場にいた?ああ、東国の現場だったから居合わせたとか?」
「いやいや、問題の四つ目を大量に召喚したのは私だし、君を殺しかけて、駆けつけたイーレと殺し合いをし、止めに入ったカイル・リードを刺したのも全部、私だ」
「………………はい?」
情報過多だった。