(6) 東国にて⑥
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イーレが座る同じ卓には、この娼館の支配人であるアードゥルと伴侶である歌姫ミオラスがいた。彼等は慈悲深くサイラスを見ようとせず、お茶をしていた。
「逃げ回る。注意しても放蕩を繰り返す。ぶちのめしても反省しない。リルをここに連れてくるという最終手段を私にとらせたのはサイラス、あんただ」
ギラリとイーレはサイラスを睨みつけて低い声で言った。
「そんなにエトゥールやアドリーが嫌なら、一生東国に住めばいい。いや、放蕩三昧が目的なら、ステーションに帰れ。縁を切る」
「あ~~、イーレ、彼のための若干の弁護をいいだろうか?」
片手を軽くあげて発言の許可を求めたのは、若長ハーレイだった。
「発言を許す」
完全に裁判官になっている女帝だった。
「彼の放蕩ぶりの原因をまず考慮すべきだ。イーレ、なぜ彼に長棍を与えない?」
「はい?」
イーレの表情が崩れた。完全に鳩が豆鉄砲をくらったようだった。
「長棍が何ですって?」
「俺に対して簡単に長棍を与えただろう?だから一番弟子の彼は拗ねている」
イーレは、ぽかんとしてハーレイの言葉を理解できないでいるようだった。
「拗ねている?」
「拗ねている」
「誰が?」
「君の一番弟子であるサイラスが、だ」
ハーレイは言葉を続けた。
「我々は忘れ病のサイラスにいささか冷たかったのではないか?彼が地上の全ての記憶を失って、養い子のことすら忘れているなら、サイラスの長棍の欠片を見知らぬ他人に師匠が譲渡したことになる。それにも彼は傷ついている」
「え?待って待って待って」
イーレは混乱した。
「相手はリルだし、養い子よ?形見として、リルが受け取るのはおかしいことではないでしょ」
「本来ならば、だ」
ハーレイは頷いた。
「だが、彼は忘れ病を患い、人間関係の記憶がない。しかも師匠は戻ってきた一番弟子に新たな長棍を与えようとしない。おまけに年頃の少女が養い子だと言われる。遊び人の素養のある彼が、手を出すことを回避するために出奔したことも考慮すべきだ。その点をイーレはどう考えているんだ?」
「どうって…………」
イーレは狼狽えていた。
「…………だってだって、長棍が欲しいなんてサイラスは言わないんだもん」
「は?」
「そんなの言わなっきゃ、わかんないじゃん!もう不要だと思うわよ!欲しいって言わないから――」
しどろもどろにイーレは言い訳をする。
「私のあげた長棍なんて、執着していないどうでもいいものかと思うじゃん……」
イーレの方が口を尖らせて、拗ねたように言った。女帝の雰囲気は消え、西の民の子供そのものだった。
「双方、不器用か……」
ぼそりと、専属護衛のアッシュがつぶやき、師匠と弟子を見守っていた関係者は「まったくだ」と内心同意した。
「あ〜〜」
とりなしをしていた西の民の若長も軽く片手で顔をおおった。単純すぎるが、深刻なすれ違いだった。
「…………すると、イーレは与える必要性に気づかなかったと?」
「だから、言われなければわかんないわよっ!」
「サイラス、なぜ言わなかった」
急に若長に話題をふられて、サイラスは激しく動揺した。
「な、なぜって……」
「イーレになぜ長棍の件を言わなかった?」
「…………イーレは日頃から、武器を命同様に丁寧に扱えと指導していた。俺はそれを喪失したし……再会したとたんイーレに殴り倒されたし……その状況で言い出せる余地って、ある?」
「「「「あ」」」」
状況を目撃したことのある関係者は、当時を思い出した。一気にサイラスに同情が集まった。
「あ、あれは、サイラスが悪いのよ?リルに向かって『あんた、誰だ』なんて最悪なことを言うから反射的に殴っただけよ」
「知らない人間に抱きつかれたら、誰何するぐらいいいだろう?!」
「知らない人間扱いするのが最悪なのであって――ああ、もうややこしいなぁ」
イーレまでが深い吐息をつき、頭をかきむしった。
「女、子供に親切にすること――弟子としてこの原則は、忘れてないでしょうね?」
「年齢詐称の子供姿をしているババァ以外には、ちゃんと親切にしている」
サイラスは次の瞬間、殴り倒された。