(5) 東国にて⑤
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3人が戻ると、東国一の高級娼館の扉には『臨時休業』の札がかかっていた。客が去る昼近くとはいえ、『開店前』ではなく『休業』である不自然な札が、それだけで不吉な未来を暗示していた。
しかも戦士である3人には、館から漏れ出る殺気が感じられた。
「完全にラスボスがいるな」
サイラスの呟きにアッシュが首を傾げた。
「『らすぼす』とは?」
「物語の最後にでてくる最大戦力を持ち、倒すのにえらく苦労する首領だよ」
「倒せない場合は?」
「延々と再挑戦かな」
「今までのサイラス様の行動とあまり変わりはありませんね」
アッシュが指摘し、サイラスは奇妙なことに納得してしまった。
「延々と再挑戦とは、理想的な生活だ」
ハーレイの感想には、羨ましげな響きすらあった。
どこに羨む要素があっただろうか?サイラスは半眼になった。
「羨ましいなら代わってやるよっ!この脳筋戦闘民族の熊男めっ」
「イーレと手合わせするのに、俺がどれだけ苦労したことか、今度一晩ほど語り聞かせよう」
「いらない」
サイラスは、きっぱりと拒否した。
サイラスは呼吸を整えると覚悟をきめ、すでに馴染みになっている娼館の正面玄関の扉をゆっくりとあけた。
この遊びの館は、1階でその夜を過ごす女性を選び、上の個室にあがるシステムだ。だがロビーにいつもは多数あるはずの長椅子は片付けられていて、なぜか広々とした状態だった。
代わりにあるのは、視界を遮る衝立だった。
その奥から女性達の無邪気な、はしゃいだ声が聞こえてきた。
「やだぁ、美味しい。饅頭や煎餅より私はこっちがいいわ」
「氷菓子もいけるわよ。『じぇらあと』って言うらしいわ」
「こっちの卵糖なんか最高っ!」
東国の柄物の民族衣装に身をつつんだ色気に満ちた女性達が盛り上がっている。彼女達の前の卓には、エトゥールの甘味類が立食形式で提供されていた。
サイラスは、想像からかけ離れた光景に唖然とした。
長卓に配置された大量の氷菓子と焼き菓子、生菓子の製作者をサイラスは知っている。シルビア・ラリムの専属護衛のアイリだ。
彼女は本職が菓子職人ではないか、というぐらい腕がよく、甘いものがそう得意ではないサイラスですら美味しいという感想がでてくる名人だ。
「あら、無傷ですか」
この場にいるはずのないシルビア・ラリムが、サイラスの姿を認めると、淡白に言った。
なぜエトゥール王妃であるシルビアが東国の娼館にいるのか?
これには、ハーレイとアッシュの方が、あんぐりと口をあけた。
「なんで、シルビアがここにいるんだ?!」
「イーレに呼ばれましたので」
シルビアはそれが全てとばかりに答えた。
「呼ばれたって……」
「呼ばれました。てっきり、イーレか若長にのされて半死半生の貴方の手当のための召喚だと私は思っていましたが、怪我はないようですね」
「……」
現実的すぎる言葉にサイラスの方が黙り込んだ。
「シ、シルビア様、貴女がここにいらっしゃることを、メレ・エトゥールはご存知で?」
やや動揺したように専属護衛のアッシュが尋ねた。
「もちろん直接伝えて、許可をいただきました。移動は精霊獣を使いましたし、何度か来ている場所ですから」
「「「何度か来ている?」」」
男達はさらに動揺した。
「ミオラス様とアードゥルに頼まれて、ここで働く女性の健康管理と必要な治療を定期的に行っているのですよ。この職業の性感染症は、命取りになることが多いですので。おまけに無茶な堕胎などで、身体が傷つき、身請け後に子供が望めないこともあります。男性の暴力で心的外傷を負う娼婦もいます。アードゥルがこの店を買い取るまで、それはそれは酷い有様だったそうで…………」
治癒師は淡々と説明をする。
「いや、待ってくれ。シルビアがここにいるのは、ともかく、この立食形式はなんだ?!」
「迷惑料です」
「は?」
「貴方とイーレが追いかけっこをして、この館をたびたび修繕が必要な状態にするので、金銭的な補償以外に食事や嗜好品、商品の提供を毎回、内密に行っています。大災厄以降、物流が滞っていますし、彼女達には好評です」
「これだけの物量をいったい、どうやって――」
はっ、とサイラスは息をのんだ。
イーレの趣味は、粗相した弟子を容赦なく叩きのして反省を促すことだ。それは物理的であったり、精神的だったりする。
まさか、まさか、まさか――。
「貴方の養い子に運んでもらいました」
狙いが的確すぎた。
「なんか文句ある?」
椅子に腰をおろし、サイラスを冷たく見下ろしている西の民の装束姿の子供は、サイラスの上司であり、師匠であり、後見人でもあった。
サイラスは、少し離れた床に正座をする状態で待機している。言い返したいところを、ぐっと言葉を呑み込んで耐えた。