(51) エピローグ
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。 現在、更新時間は迷走中です。
第1章のエピローグになります。(サイラスボロボロですが)
面白ければ、ブックマーク、評価、布教をお願いします。(拝礼)
世の中は理不尽で冷酷だ――サイラス・リーは強くそう思った。
記憶の欠落という深刻な事態に、再会した同僚達は冷たかった。再会の言葉を交わす間もなく、囲まれて、ボコられたのである。
再会の照れ臭さに用意していた冗談は吹っ飛んだ。
特にイーレと、平和主義であるはずの気象学者クトリ・ロダスまで本気で殴ってきた。無防備だったサイラスのダメージは深刻だった。
見知らぬ少女との謎の抱擁と誰何の会話のあと、駆け寄った彼等から暴力を受け取った。わけがわからない。
床にノックダウンされたサイラスを介抱してくれたのは、医療従事者のシルビア・ラリムだったが、彼女は介抱するふりをして、サイラスの頬を強く叩いた。
シルビア・ラリムよ、お前もか……。サイラスは朦朧とする意識の中、嘆いた。
「これだけ、衝撃を受けてもダメとは……」
シルビアの呟きに反応したのは、イーレだった。
「まだ、足りない?」
イーレが準備運動のように、ぶんぶんと右腕を振り回している。
死ぬ。間違いなく死ぬ。
サイラスはブルブルと怯えて半身を起こすと、片膝をついてサイラスの状態をチェックしていたディム・トゥーラに縋った。
地上降下の危険に怯えたことはないが、怒り狂うイーレは怖い。
唯一、暴力的行為に加担しなかったのはカイル・リードだったが、仲間の行動を止めるには力量不足だった。イーレを羽交い絞めにして阻止しようとしたが、引きずられていた。
「サ、サイラスは記憶がないってわかっているのに、イーレ、情状酌量の余地はないの?」
いいぞ、カイル、もっと俺を弁護してくれ。
イーレに初撃を浴びた痛みに耐えつつ、サイラスはカイルは応援した。
「ない」
破門は近いようだった。
「ないですね」
「これに関してはありませんね」
クトリとシルビアが賛同し、この時点で多数決の負けが明らかになる。サイラスは思わず叫んだ。
「なんで、こんなにボコられなっきゃいけないんだよ?俺、なんか悪いことした?!」
「した」
イーレは死刑宣告をするかのように、不出来な弟子を冷たく見下ろした。
「しました」
「しています」
「ちょっと言動が……な」
「あ~、ちょっとね……」
皆が酷評するその悪い言動が何か、サイラスには理解できなかった。
地上人である赤毛の少女は、びっくり眼のまま固まっている。目の前の野蛮な集団リンチに驚いたに違いない、とサイラスは判断した。
「カイル、お前も悪い。リルに事情を説明するのは、お前の役目だろう?」
「僕に押し付けておいて、それを言う?!」
ディム・トゥーラはカイル・リードを責めるが、金髪の青年は唇をとがらせて反論する。
リルの反応から事情を知らないことは明白だった。
「ありのままで再会した方が、サイラスのいい刺激になって、奇跡が起こるかと思ったんだよっ!」
「奇跡どころか、地獄と混沌の釜の蓋を開いたぞ?どうする気だ?」
「……どうしよう」
カイルがサイラスと同じ懇願の瞳で、ディム・トゥーラを見つめている。ブーメランのように難儀な役目が舞い戻ってきた。
ディムと同じ名前を持つ子供の狼が、同じように懇願で瞳をうるませ見つめてきた。あろうことか、ディム自身の精霊獣である白虎が、子狼の隣に立ち同じような態度を示した。
サイラスは、がっしりとディム・トゥーラの腕をつかんでいた。それがイーレに対する最後の砦のように。
ディム・トゥーラは、諦めたように天井を見つめ、吐息をついた。
「リル、説明が遅れてすまない」
ディム・トゥーラはサイラスの養い子である少女に向き直り、静かに詫びた。
「カイルから説明を受けてないんだな。実はサイラスは地上の記憶を一切失っているんだ」
「ストレート過ぎ……」
カイルが直球すぎる説明をぼそりと批判した。
「…………記憶を……?」
少女はディム・トゥーラの言葉に愕然としている。
「リルと会えば思い出すと、カイルは考えたようだが、この通りだ。驚かせて悪かった」
「……忘れ病になったってこと?」
「そうだ」
「……地上のことを?」
「ああ」
「……私の……こと……も?」
「ああ」
リルは力が抜けたように、その場に座り込んだ。カイルが慌ててリルに近寄る。
「リル、これは一時的だと思うんだ。サイラスはアッシュのことも覚えてなかったし、だから――」
「……代価かなあ……」
リルは俯いたままポツリと言った。
「代価?」
「わたし、ずっと祈っていたの。サイラスに会いたい、もう一度会いたいって……」
「――」
「それが、今叶ったの」
リルは泣き笑いの表情を浮かべた。
「私のことを覚えてなくても、生きていてくれるなら、それでいいよ。もう一度あえて嬉しい」
リルは涙をこぼしながらサイラスに向かって微笑んだ。
「サイラス、お帰りなさい」
それは修羅場にかかわらず、サイラスにとって心温まる言葉だった。
同僚達がリルの健気すぎる言葉に、あとでもう一度殴り飛ばして記憶が戻らないか試そう、と決意したことに、サイラスはまだ気づいてなかった。
次回第2章開始の予定です。