(5) 選択
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「サイラス・リー。貴方の記憶の消失はイーレと同現象との判断は、し難いわ」
「……と、いうと?」
サイラスは首をかしげた。
「イーレはオリジナルのほとんどの記憶を保持していなかった。貴方は降下前までは完璧に保持しているわよね?」
「確かに……ディム・トゥーラがカイルのお守りをしていたことは、よく覚えているぜ」
「そういうことは忘れろ」
ディム・トゥーラは端末でサイラスの頭を軽く叩くことで、発言をたしなめた。
ディム・トゥーラの反応がいつもと変わらぬことに、サイラスは、ほっとした。違う反応だったら、保持している記憶にすら、自信をなくすところだった。
ディム・トゥーラがカイルのお守りをしていたことは、観測ステーションメンバーの周知の事実であり、『何か起こればディム・トゥーラ』が合言葉になっていたことを本人達は知らないだろう。
イーレと記憶喪失のパターンが違う――その指摘は正しかった。
「すると、俺の記憶の消失は、記憶保存の不備?」
「そんな事例は今までない」
ディム・トゥーラは、全否定してきた。
ジェニ・ロウもそれに賛同した。
「ないわね。だけど、イーレと共通するところもあるのよ」
「どんな?」
「イーレはこの惑星で死んでいるの、貴方同様にね」
「はあ?!」
サイラスは驚きの声をあげた。
「いや、この惑星の探査は初めてだよな?!」
「そこらへんの裏事情は、そこの狸親父に聞いてくれ。それより本当に記憶を失っているんだな」
「いやいや、待てよ。エレン・アストライアーがここで死んでいるって、どういうことだ?」
イーレの原体の本名は、エレン・アストライアーということをサイラスは知っている。
原体の記憶がないイーレは自身を『ポンコツ複製体』と呼んで、原体を嫌っていた。
年齢は揶揄いの材料にできても、原体については話題に出すのを控える――それがイーレと付き合うルールでもあった。そのルールを教えてくれたのが、ジェニ・ロウだったことを、サイラスは思い出していた。
その原体がここで死んでいる。この探査惑星がイーレと深い因縁があることは、驚きだった。
「…………俺は、そのことを知っていたのか?」
「惑星降下後に知った」
「イーレは?」
「彼女も降下後に知った」
「ディム・トゥーラ、そこまでにしなさい。記憶にない事実を伝えることは、認知を歪めることもあるのよ。貴方の伝えることは伝聞であって、本人が経験したこととは微妙に異なるのよ」
何かを言いたげだったが、ディム・トゥーラは最終的に口をつぐんだ。
「俺は聞きたい」
「やめておきなさい。イーレみたいに不安定になるわよ」
「――」
サイラスは初めて、イーレの悩みの真の部分に触れた気がした。5年分の記憶が欠落しただけで、世界が違う気がするのだ。
原体の記憶がないとは、どれだけ不安なものだろうか?
自己を証明するものがない。
知らぬ間にもう一人の自分が行動して、周囲の人間に認知されているのだ。
では、ここにいる存在は何だろうか。
これはキツい。
哲学的な分野に足を突っ込むようなものだし、極めて不快な命題だった。
イーレはずっとこんな重いものを背負っていたのか。
サイラスは判明した事実に愕然としていた。
「……俺はどうしたらいいんだ?」
自身のことも。イーレのことも――。
「イーレは心配いらないわ。ディム・トゥーラの報告によると、極めて安定しているから。問題は貴方よ」
中央の管理官は容赦なかった。
「サイラス・リー。貴方の道は二つあるわ。このまま中央に戻り、記憶喪失の原因を究明する」
「それってほとんど実験動物だよな?!」
サイラスは叫んだ。
「イーレが散々やられたヤツじゃないかっ!」
「ええ、そうよ」
ジェニ・ロウは否定しなかった。責任者であるエド・ロウは黙ったままだった。
「……もう、一つは?」
「惑星に降りる」
「――」
「ディム・トゥーラは、貴方を迎えにきたのよ。記憶障害が出るとは計算外だったけど」
「………………迎えにきた?」
「記憶があれば、絶対に地上に戻る道を選ぶと思ったからだ」
ディム・トゥーラがぼそりと言った。
おかしな確信だった。なぜ、自分が惑星降下の道を再び選ぶと思ったのだろう、とサイラスは疑念を抱いた。
「なんで?イーレが地上にいるからか?」
「それもそうだが、他にも――」
言いかけて、ディム・トゥーラは再び口をつぐんだ。