(48) 再会⑪(専属護衛の場合)
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「え、いや、でも――」
「忘れ病ならば、地理に関する案内人は必要ですよね?街や村の特徴や独自の風習も忘れているでしょう?」
「うっ、確かに……」
「各地の情報収集はどうするおつもりで?」
「ううっ……」
「とりあえず足手まといにならない私をメンバーにいれることは了承してください。尻ぬぐいは不要です」
「………………」
「あとは今回の素材を含め、アドリーの商業ギルドに対する交渉も我々に一任していただきたい。もちろん、エトゥール王への報告を含めてです」
「交渉とかの面倒ごとを全部引き受けてくれるってわけ?」
「そうです」
「おお、ラッキー」
「それに私が同行すれば、毎日の鍛練の相手がいることになります」
「採用っ!」
サイラスは最後の条件を聞いて即答した。
脳筋は、ちょろい――内心アッシュは不敬にもそう思った。
むしろ、専属護衛の申し出の意図が読めずに、眉を顰めているのはディム・トゥーラだった。サイラスに振り回されることを忌避していたはずの専属護衛の方針転換の理由は何故なのか。
アッシュは、メレ・アイフェスに突っ込まれる前に話をすすめた。
「ミナリオ、今回のことをメレ・エトゥールに報告を。素材のおろす先や量についても、指示か承認をもらうように。我々は当初の予定通り、こちらに一泊してからエトゥールの王宮に向かう」
ミナリオは頷いた。
「了解しました。あの……エトゥールの方々への報告は……」
「無事合流したと、ウールヴェを飛ばし、すぐに引き戻せ。今回の件については、メレ・エトゥールの判断にまかせるといい。あの方なら上手く説明の言葉を選ぶ」
「了解しました」
ミナリオは中断していた四ツ目の素材の積み込みを再開した。元凶であるサイラスも手伝い、3台目の荷馬車の出立には、そう時間がかからなかった。
ミナリオの荷馬車が、移動装置の光の柱の中に姿を消すのを見送ってから三人は夕暮れのせまる小屋に戻った。
その晩、ディム・トゥーラはサイラスが一人の時間を欲していることを察し、寝台のある個室をあてがった。
アッシュは当然のように、外に面した戸口のそばを陣取り、剣を抱きかかえながら仮眠の体勢にはいっていた。完全に専属護衛としての本来の仕事に戻っていた。
サイラスもディム・トゥーラも、体内チップが存在し不眠不休の活動が可能だった。だが、あえてディム・トゥーラはこの地に一泊することを選択していた。肉体の休息のためではない。イーレと再会するための心の準備の時間――サイラスはそう解釈したし、実際その気遣いに感謝した。
さすが、支援追跡という対象者の心理的負担を軽減する技術に長けているだけある、とサイラスは思った。
確かにサイラスは今回の記憶消失という事故に密やかに動揺していた。
師匠であるイーレが原体の記憶がない再生体であり、そのためにいろいろ苦労をしている姿を見てきていた。それに対して「たかが記憶ぐらいで」と考えていた面が今までのサイラスにはあった。
だが、実際に当事者となると、視点が180度変わるのだ。
「たかが記憶」とは、とても言えない。自分が歩んできた軌跡――記憶とはそういうものなのだ。自分の体験と感情の蓄積が、一部分だけ空白になっている。それは不快以外の何物でもなかった。自己の部分欠落とも言えた。
記憶の消失は、今までの忘却と違う。興味のない人間の名前を記憶しないこととは、異なる。
サイラスは自分自身の思考の変化にも戸惑っていた。
イーレはどうやってこのような状況に耐えていたのだろうか。過去にそんな状態のイーレに心無い言葉を投げていたかもしれない。
サイラスはベッドを一つ占拠しながら、考えこんでいた。
この部屋ひとつとっても、見たことのあるような光景だ。根拠のない既視感にずっと囚われていた。落ちつかない。
なぜ落ち着かないのか?
部屋は真新しく、掃除が行き届いている。寝台もそのそばにある調度品も作られたばかりなのだろう。
豊かに漂う檜の香りがそれを示していた。
サイラスは寝台から起き上がり、あらためて部屋を見まわした。
違和感を覚える調度品の位置を感覚で移動させる。
花瓶や地方産物土産のような置物の位置調整をして、ちいさな満足を覚えた。
「何やってんだ?」
物音に顔を覗かせたディム・トゥーラに、突っ込まれてサイラスはやや動揺した。
「あ、いや、その、配置にセンスがないというか、さ」
サイラスはしどろもどろで言い訳をした。
ディム・トゥーラはじっとサイラスを見つめた。精神感応者は嘘を見抜く。嘘はついてないぞ、とサイラスは自分に言い聞かせ、精神の安定をはかった。
ディム・トゥーラは、入ってくると部屋にあった椅子に腰をおろし、指で寝台に座れと指示をした。
何も怒られる行為はしていないはずだ、昼間のこと以外――その昼間の件の説教が始まるのか。
サイラスは諦めて寝台に腰をおろした。
「少し話をしたい」
「…………説教じゃないのか……」
ディム・トゥーラは片眉をあげた。