(44)再会⑦(専属護衛の場合)
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アッシュは裏庭の井戸にサイラスを連れて行くと、その場に膝まつかせ、容赦なく桶にくんだ冷たい井戸水を頭から掛けた。
「冷たいっ!」
「残念ながら温泉ではありません。耐えてください」
それはやや乱暴で、専属護衛が主人である導師にする態度と行動ではなかった。どちらかというと出来の悪い新兵の面倒を仕方なしにみる羽目になった指導官のようだった。
「なんか、ブチ切れてない?」
「気のせいです」
滝に打たれる水行のごとく、何度も水をかけ、サイラスの髪の毛と顔の血糊をとった。
それから長衣を脱がせるが、不思議なことにずぶ濡れの長衣の下に着込んでいるメレ・アイフェスの奇妙な純白の衣装は濡れずに水を弾いていた。当然、四つ目の血の染みもなかった。
対照的に、新品であったサイラスのエトゥール紋様の長衣は、破れていないものの血の染みで台無しだった。
アッシュは脱がせた長衣を捨てるわけではなく、丁寧におりたたんだ。
そこへディム・トゥーラが添毛織物の布を持ってきたので、アッシュは受け取り、その布をサイラスの頭にかぶせ、乱暴に濡れた髪を拭き取った。
「痛い痛いっ!ディム、なんか言ってくれよっ!さっきからアッシュが酷いんだっ!」
その光景をしばらく見守っていたディム・トゥーラは、不機嫌ながらも使用人のように甲斐甲斐しく世話をするアッシュに言った。
「アッシュ、サイラスを甘やかしすぎじゃないか?」
「そうじゃねーよっ!!」
庇ってくれないディムにサイラスは突っ込んだ。
どうやらディム・トゥーラは、専属護衛の行動を支持しているようだった。
専属護衛は、ぶっきらぼうに答えた。
「甘やかしてはいません。家の床に染みを作られる方が、私達の死活問題なんです。なんでしたら、ディム様が侍女達に申し開きしてくださいますか?」
「そんなことになるなら、俺は上に戻り、ほとぼりが冷めるまでまつ」
「賢い選択です」
明確な拒否を、専属護衛は褒めたたえた。アッシュは半ば拗ねているサイラスを見下ろした。
「サイラス様」
「うん?」
「あの薪の山は何です?」
「え?薪をとってこい、というから……」
「私達はここに一泊の予定ですが、何日分を想定して集めたのですか?」
「――」
サイラスはようやく己の行動の矛盾に気づいた。
「……スミマセン、イッパイトッテキマシタ」
サイラスは、目を泳がして失態を認めた。
「しかも高級木材まで大量にある。これは伐採しにくいはずなのに……」
「路銀になるから、いいじゃん」
「すぐそこに、王都と繋がる『ぽーたる』があるから、路銀はいりません」
「……………………ありゃ?」
指摘にサイラスの方が、小首を傾げた。確かに路銀は必要なかった。
「そういえば、そうだった……。おかしいなぁ……」
「で、ここから本題です」
専属護衛はギロリと主人を睨みつけた。
「忘れ病とはいえ、四つ目が危険な生物だとご存知だったんですよね?」
「ディムに教育されたよ」
アッシュは、ちらりと茶髪の導師を見た。ディム・トゥーラは頷いてその事実を認めた。
「鈍な斧で対決する魔獣ではないということは、理解してますか?」
「鉈もあったぜ?」
「そういう問題では、ありません」
見守っていたディム・トゥーラには、専属護衛の怒りのバロメーターが振り切れたのがはっきりわかった。思念の放出レベルが桁違いだった。
「サイラス……お前、虎の尾を踏むのが、本当に上手いなぁ」
「それ、上手くてなんかメリットある?!」
ディム・トゥーラは、しみじみと感想を述べ、サイラスはフォローが皆無なことを嘆いた。
専属護衛は、確かに怒っている気配がした。
「武器は不十分、魔獣は複数、貴方なら簡単に振り切ることができたでしょう。なぜ、戦略的撤退をしなかったのです?」
「――」
アッシュの指摘は、もっともだった。それは、サイラス自身も思ったことであった。
襲われた、囲まれたなどは、完全に言い訳だった。木の上に退避し、サイラスの脚力なら木と木を跳躍して回避することも可能だった。
「あ~~それもできたけどね~~」
「なぜ、しなかったんだ?」
専属護衛の手厳しい追及を引き取ったのはディム・トゥーラだった。
「いやん。ディムまで責める」
口元に両手をあて、身を縮めてみせる。
イーレが誤魔化すときに使用する仕草を真似てみたが、堅物男には通じなかった。
「サイラス、責めてはいないが、これは重要なことなんだ。なぜしなかった?」
サイラスは大げさに溜息をついた。
「放置したら増えるじゃないか」
「確かに増えるな。四ツ目の繁殖はまだ解明されていない」
「住人が困るだろう?」
「ここは放棄された土地で、住人はいない」
「…………将来の住人だよ」
サイラスはぼそりと言った。
「あんな凶暴な生物がいたら、街の再建の計画があっても中止になるじゃないか」
「街の復興は、エトゥール王の責務の範疇で、俺達には関係ない」
「理詰めでくる堅物野郎め。俺の目の前に現れたんだ!俺の領域を犯している!退治するには十分な理由だろう?!」
イライラしたようにサイラスは答えた。
「多少八つ当たりもあったよ。イーレに破門されるだろうし、再入門試験は地獄だし、そこへ凶暴な生物が現れたんだ。別に生物情報はあったから、楽勝だろうと思った!事実、楽勝で無傷なんだから、問題はないだろう!」
いや、本当は違う。四ツ目を見た瞬間に、頭に血がのぼったんだ。
――お前達が、この付近にいることは許されない、と。
長い沈黙が三者の間に流れた。
険悪な雰囲気を収めたのは、ディム・トゥーラだった。
「わかった。確かに問題はない」
「いえ、問題は大ありです。四ツ目の死体を放置するわけにはいきません」
「アッシュ、どうすればいい?」
ディム・トゥーラは専属護衛のアッシュに意見を求めた。
アッシュはしばし考え込んだ。
「材料不足のご時世ですので、これだけの大量の資材は有難いことです。アドリーに運ぶべきですね。ディム様、ミナリオに伝言を飛ばせますか?荷馬車を3台用意してこちらに来るように、と」
「もちろん、できるとも」
「その待ち時間の間に、食事をしましょう」
建設的な提案がなされた。