(43) 再会⑥(専属護衛の場合)
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サイラスは地面に落ちている細めの枝を拾う作業から始めた。
運搬しやすい長さに鉈で切断すると、周辺にある適当な蔓草でまとめあげる。ある程度の束が集まると、小屋前に運び積み上げた。
次は倒木をみつけ、斧で切断して行く。
この周辺では、薪として活用する住民が皆無らしい。周辺は資材の宝庫だった。つまりは放棄された土地なのだ。
サイラスは小さい吐息をつき、作業をすすめていった。
サイラスも噴火の影響は理解できた。
降り止まぬ火山灰は、気管支に重篤な障害をもたらす。医学のすすんでいない文明では、角膜の炎症を治療する技術もない。活動期に入った火山の再噴火に怯えながら暮らすことは、耐え難いものだろう。
ここは対策を立てることのできない民には住むことが難しい土地なのだ。
こういう場所は好きなんだが――。
自然が多く、煩わしい人との付き合いもなく、鍛錬に明け暮れることができそうだ。
今から行く王都が肌にあわなければ、人がいないここで過ごす手もあるかもしれない。
サイラスは、もくもくと作業を続けながら思考にふけった。
記憶がないなら、記憶がないでかまわないが、中央での実験動物扱いは断固として拒否する決意はかわらない。
そうなると観測ステーションに戻ることは、先延ばしにしたかった。少なくとも地上の方がマシなことは、確実だった。
イーレに再会したら、どのくらいの地上滞在を考えているか、聞かなければならない。
もっともイーレは、うっかり死んだ愚かな弟子のことを怒っているかもしれない。未熟者、お前は破門だ、と宣言され、また地獄の再入門試験が待っていて――と、サイラスは想像してゲンナリした。
絶対にイーレは俺を破門にして、反応を毎回楽しんでいる。あのクソババァめ……。
サイラスは八つ当たり的に斧を振り回して、すさまじい早さで木を伐採していった。
サイラスは、いつのまにか周辺の気配が変わっていることに気づいた。
鳥の声が止んでいる。
鳥などの捕食対象生物は、用心深く、敏感だった。鳴くことをやめたのは、居場所を悟られることを避けるためでもある。
つまりは上位種の捕食者の接近である。
サイラスは斧を構えた。
武器としては心許ないが、仕方がなかった。なるほど、ディム・トゥーラですら帯剣し、専属護衛が付き添うわけだ。危険生物は当然人間のみと限らない。
野生動物達に囲まれている気配がした。
サイラスの視覚機能は、先ほどから複数の四つ足生物から放射される赤外線情報を取得していた。
サイラスは斧を振りかぶる空間を確保するために、先程まで木を切り倒していた場所まで移動する。
サイラスは長い尻尾が二股にわかれている黒豹に似た生物を見た。
「ありゃ……」
思わず声が出た。
動物専門であるディム・トゥーラが、事前学習として危険生物だと示した情報を思い出した。四つ目――確かそんな名前だった。確かに目が左右に二つずつ存在していた。
臭腺が目に見える生物は存在するが、この肉食生物は四つの目の瞳孔が、別方向に動いていた。
爪と牙に猛毒があると、ディムは言っていたな――サイラスは注意深く距離をとった。
そこへ四つ目が襲いかかる。
爪が長く飛び出し獲物を裂こうとしたが、サイラスの方が早かった。
水平に薙ぎ払った斧は、鮮やかに四つ目の首を切断し血飛沫をあげた。
「サイラス?!」
「サイラス様?!」
戻ってこないサイラスを不審に思い、外に出たディム・トゥーラとアッシュは思わず叫んだ。
薪と木材が高く積みあげられている。だが、問題はそんなことではない。
サイラスは黒い獣の死体を運搬しているところで、その本人は血塗れだった。死んだ獣は四つ目だった。
「ディム、こいつは害獣だったよな?」
ちょっと、散歩して珍しいものを見つけました、という口調だった。
「…………お前……お前……」
ディム・トゥーラも動物の解剖や治療のための手術などで血は見慣れている方ではあったが、短時間で出現した四つ目の死体の山の存在と血塗れな同僚はホラーに近く、追求の言葉が明瞭に出なかった。
先に冷静さを取り戻したのは、専属護衛の方だった。
「サイラス様、お怪我は?」
「ないよ」
「そうですか。ではまず裏庭の井戸に直行してください」
「へ?なんで?」
「返り血が酷い状態なのは、御自覚がありますか?」
自覚はなかったようだった。
サイラスは慌てて自分の身体を見下ろした。ディム・トゥーラが事前に用意した地上の衣服は、ひどく血で汚れてしまっている。サイラスはやらかした事実にようやく気づいた。
「あ〜〜、斧の切れ味が悪くてさぁ」
苦しい言い訳は、手厳しい専属護衛に通じなかった。
「斧は四つ目用の武器では、ありませんし、これだけの数を倒して刃が鈍らないわけがないでしょう」
「うん、次は上手くやる」
「次を想定しないでください。次に同じことをしたら、私は二度と鍛錬の相手はしないと思ってください」
「ハイ、ゴメンナサイ」
即座にサイラスは謝った。
「ディム様、申し訳ありませんが、小屋の中の棚に添毛織物の布がありますので持ってきてください。私はサイラス様を裏庭に連行します」
「わ、わかった」
「連行って…………」
「このまま家に入り、床に血の染み跡でもつけてごらんなさい。掃除を担当した侍女達が怒り狂います」
「侍女達?」
「エトゥール王城の影の支配者、エトゥールの最終兵器、怒らせては命が保証されないエトゥールの審判者――例えるならイーレ様が百人ほど集まった女性団体、と言えば理解できますでしょうか?」
「なにそれ、怖い、やめて」
四つ目の群れを平然と倒したはずの勇者は、蒼白になっておびえた。




