(42) 再会⑤(専属護衛の場合)
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その家屋を見た時に、サイラスは違和感を覚えた。
専属護衛のアッシュと合流してから角が2本ある馬に乗り、やや北東よりに移動をすると森が出現した。おそらく噴火被害がある前は、ここらいったいは森林地帯だったのだろう、とサイラスは推察した。
火山灰と礫に覆われた殺伐とした不毛の大地よりは、緑の樹林の方が和み、知らない場所を移動する緊張を緩和した。
やがてあらわれた雑草の生えた小道は、定期的に馬や人で踏み固められることが途絶えたことを示している。噴煙をあげる遠くの山が視界に入った。
街が全滅し、その後の大災厄の発生で復興もままならず、放置されていることにサイラスは気づいた。今まで他の地上人も見かけない。
馬を進めると、樹々の間に移動装置と木造造りの一軒家が出てきた。
移動装置は地面と同化しているので、地上人は気づかないだろう。移動装置は一軒家の庭の一角に定着していた。
もしやこれは地上人の一般的な民家ではないだろうか?
周辺には、防壁のようなものが構築されていない。
なぜ、民家の敷地内にわざわざ定着させたのだろう?
家屋に使われている材木は新しく、建てられたばかりのようで年月がもたらす劣化とは無縁だった。地面に落ちている焼け焦げた木片の痕跡が目に入る。
火事で燃えて、再建したばかりなのだろう。
だが新しい割には、駐屯地として使用するには小さすぎた。せいぜい3〜4人の収容だろう。非効率といえた。
サイラスの推察を証明するかのように、家の裏手にある馬繋ぎ場は、どうみても2頭用で3頭目のアッシュの馬は、そばの木の幹に繋がれた。
再建するなら増築してもいいだろうに、とサイラスは不思議に思った。
「今日はここに泊まる」
てっきり直行すると思ったサイラスは驚いたが、地上には地上の事情があるに違いない、と察した。
むしろ、アッシュの手合わせの時間がとれたとさえいえるので、異議はなかった。
アッシュの方は、そんなサイラスの思考を読んで悟りを開いたかのように、「夕食後、短時間でよければ」と言った。
「なぜ、短時間?」
「そう言わなければ、あなたは朝から晩まで私をつきあわせるからです」
「そりゃ、すまなかった。――そうか、俺と朝から晩まで打ち合う体力があるんだな」
「アッシュ、墓穴を掘っていないか?」
ディム・トゥーラが、突っ込みを入れつつ、家屋の鍵を懐から取り出し、戸を開けた。
中は意外にも、清掃がいき届いていた。
「綺麗だな……」
「家主に代わり、城の侍女達が1週間に1度掃除にきている」
「へぇ〜」
ディム・トゥーラとアッシュは、ひそやかにサイラスの反応を見守っていたが、二人は揃って短い失望の吐息をもらした。
「何?」
「なんでもありません。お二人は、少し休憩してください。その間に薪を調達してきます」
「あ、俺が調達してくるよ」
サイラスが片手をあげて、名乗り出た。
ディム・トゥーラは眉をひそめた。
「サイラス、『薪』がわかるのか?」
「わかるさ。これぐらいの長さで、木を伐採してくれば、いいんだろう?」
サイラスは指と指で幅を作り、アッシュに確認をした。
アッシュは頷いた。
「サイラス様、よろしいので?」
「鍛錬前の準備運動にちょうどいいし」
サイラスの返事は脳筋そのものだった。
彼は納戸の中から、鉈と斧を見つけ出すと、外に出て行った。
ディム・トゥーラとアッシュはそれを見送った。
サイラスの遠ざかる気配を確認してから、口を開いたのはアッシュだった。
「ディム様、メレ・アイフェスの世界では、薪を調達することはあるのですか?」
「ない。俺もここで野営の旅をしてから、学んだ」
「おまけに、迷わず納戸の場所から鉈と斧を持ち出しましたね」
「カイルがリルの記憶からこの家の構造や備品を正確に再現したからな」
ディム・トゥーラは考え込んだ。
「だが、このリルの生家を覚えている反応はなかった」
「ずいぶん奇妙ですね。私を覚えていない。リル様の家も覚えてない。でも、馬に乗れる。『薪』を理解できる。必要な道具も判断できる。それがしまわれている場所を無意識に探し当てる――」
「――」
「やっぱり、忘れ病のふりをして、私を謀っていませんかね?」
アッシュは疑いの眼差しを茶髪の導師に向けた。
ディム・トゥーラは首をふった。
「それだったら、どんなにいいか」
「まあ食後の手合わせで、さらに何かわかるかもしれませんが」
「…………本当に手合わせをするのか?」
「サイラス様の患っている『忘れ病』は、性格が変わる特徴がありますか?」
「ない……」
「その時点で、私は諦めております。猟や牽引をする犬が、毎日の運動を減らすと著しく体調を崩すように、サイラス様は鍛錬をしないと死んでしまうとお考えのようですので」
「……いや……そんなことは……」
「毒で死にかけた翌日に、運動を始める変態ですよ?」
専属護衛にあるまじき暴言だったが、運動の件の報告はどこにもなかったな、とディム・トゥーラは遠い目をした。