(35) 降下①
お待たせしました。本日分の更新になります。 お楽しみください。
現在、更新時間は迷走中です。(ごめん、いろいろあって、ペースが落ちてる(汗))
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地上への降下は、以前とは違った。
大きく違ったのは、サイラスの精神状態だった。
サイラスは以前の興奮を昨日の出来事のように覚えていた。
いつまでたっても命令がなかった降下の任を単独でするのだ。その感情の昂ぶりは、それまで退屈で耐え難い待機の長い時間の苦痛を吹き飛ばした。
しかも地上に定着したシルビアの移動装置がピンポイントの落雷で破壊されるというありえない自然現象まで発生した。
――なんだ、この惑星は?なかなか楽しいぞ……。
不謹慎だと責められるかもしれないが、サイラスは当時『面白い』と感じた。
機械探査を拒絶した予備調査なしの降下任務――退屈するはずもない。カイルを救出するはずのシルビアの二重遭難がきっかけであり、死んでもいいようにクローン申請の保険をかけ――降下した。
そこで記憶は途絶えている。
それが数年前の出来事と言われても、納得がいくことではなかった。
降下隊の一員であるサイラスは身体にリンク機能がある。見た視覚情報は映像保存でき、脳ではない外部に記憶のバックアップ領域が存在する。
肉体情報とは別に、精神情報はそこから複製された肉体にダウンロードされたはずだった。
それが数年分ほど――しかも地上滞在時だけ――綺麗に削除されていたことになる。
なぜ、記憶は消えたのか?
クローン科学の特異すぎる記憶事故は、そのままサイラスが研究素材として餌食になる可能性を示唆していた。
師匠のイーレと違って、研究都市における著名研究家という立場もないサイラスは、すぐに理由をつけられて拘束されることは経験済みだ。観測ステーションの残留は危険だった。
失われた記憶の手がかりは、地上にしかない。
師匠であるイーレが降下しているなら、なおさら後を追うしか、サイラスには選択の自由がない状態だった。
イーレは弟子の記憶の喪失をなんと言うだろうか?
こんな再生トラブルがあるとわかっていたら、あの時、地上に降下しただろうか?
やっぱり退屈な待機生活よりは、降下を選択したかもしれない。
馬鹿は死ななきゃ治らない――そんな言葉がサイラスの脳裏をよぎった。きっと、脳筋馬鹿は死んでも治らないが正しいに違いない、とサイラスは一人納得した。
ディム・トゥーラと共に地上に降下したサイラスは愕然とした。
移動装置を使ってディム・トゥーラと降り立ったのは、不毛の大地だった。観測ステーションで作製された地形図データと全く一致しない。
非効率的にも、カイル達の居住地域から離れている。
なぜ、こんな不毛の遠距離の地が、移動装置の定着点に選ばれたのか。
「えっと…………ここはもしかして、例の恒星間天体の着弾地点か?」
サイラスは案内人に質問を投げた。
「違う。あそこの火山が噴火して、ここまで火砕流に巻き込まれたんだ。ここは深い森の中だった」
「おかしいな。着地点はカイルとシルビアが滞在している街にしたような記憶がある」
ディム・トゥーラは片眉をあげた。
「そこらへんの記憶はあるのか?」
「あるよ」
「絶対座標がズレたんだ」
「……………………は?」
「座標が南に500キロほど、ズレて定着した」
「それ、誤差の範囲じゃねーぞ?!そんなことありえないだろう?!」
ディム・トゥーラは、サイラスの発言になぜか複雑な表情を浮かべた。
「当時のズレた原因は判明している」
「原因はなんだ?磁場の異常か?移動装置の不具合なら安全装置が働いて、作動しないはずだろう?」
サイラスの追求に、ディム・トゥーラの目は泳ぐばかりで、質問の解答は得られなかった。彼の様子が何かおかしかった。
サイラスは辺りをもう一度、見渡した。
周辺の炭化した棒の残骸は、ディム・トゥーラの言う通りの森林地帯の名残であることに気づいた。
火砕流の温度からすれば、炭化するには充分な条件だろう。移動装置周辺が窪地を形成していることから推測すると、火砕流の泥土の堆積が生み出したようだった。かなりの噴火の規模だ。
サイラスはディム・トゥーラの指し示した火山を見つめた。噴煙はまだ続いている。火山は活動期に入っている。
「2、3メートルぐらい泥土と火山灰が堆積しているなあ。なるほど、耐久をあげていたから、移動装置だけは無事だったのか」
「当然だ。謎の落雷衝撃に耐えうる設計にしたからな。3万℃を想定していた。火砕流は1000℃程度だ」
「楽勝じゃん」
「ちなみにサイラスが死んだ原因だ。現場は、この少し先で――」
「そういう重要なことを、さらりと言わないでくれ?!」
サイラスは思わず突っ込んだ。
ディム・トゥーラは怪訝そうな表情をしている。サイラスは同僚とのコミニュケーションに難を感じた。
「事実を知りたがっていただろう?」
「確かにそうだけどさぁ?もう少し気遣いというものが、あってもよくねぇ?」
「珍しい。気遣いが欲しいのか?超合金のザイルのような神経の持ち主が?」
「褒めてないよね?それ……」
「いや、褒め言葉だ」
「……………ちょっとは、欲しい。あのさ〜、カイルが俺の立場だったとして、俺と同じように容赦なく事実を告げるわけ?」
「――」
長い奇妙な間があった。




