(3)齟齬
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「待ってくれよ、本当に何を怒っているんだ?」
サイラスには、なぜディム・トゥーラがこれほど怒り狂っているのか理解できなかった。いったい、どこで地雷を踏み抜いたのだろうか?
「だから、ふざけるな、と言ってるんだ」
「ふざけてないし。だいたい死んだ時点の記憶は、心的外傷を配慮して消去され別保存なんだぞ。俺がいつ、どんな原因で死んだか、俺にはわかんねーって」
「……それは知らなかった」
サイラスは、ちっと舌打ちをした。
「これだから、危険任務をしない高級官僚様は……」
「なんか言ったか?」
「ナンニモイッテマセン。オキニナサラズ」
サイラスは古代遺物の音声応答を真似てカタコトで答えた。
「サイラス、ここから先は冗談は、ナシだ。俺はさっきから、お前の発言が気になっている。クローン再生における時差の発生は、理解しているか?」
「肉体複製の件だよな?」
「そう、お前が死んでから1年経過している」
「あれま、ちょっとかかりすぎじゃね?」
死亡事実からの時間経過に対して、サイラスは当然の反応だった。肉体複製にかかる処置期間は、半年が平均である。
「それに対しては、すまないと思っている」
「なんで、ディムが詫びるわけ?許可責任者は所長だろ?」
サイラスは肩をすくめて、不問とした。
所長のエド・ロウは、師匠であるイーレとの旧友関係にあったが、曲者であることは彼女から聞き及んでいた。
「所長は狸親父だから気をつけろ、って、イーレが口癖のように言ってたぞ」
「……………………その貴重な証言は数十年前に言って欲しかったぞ」
「なんで?」
「…………いろいろとあるんだ」
珍しくディム・トゥーラは、顳顬に手をあてて、項垂れている。サイラスは笑った。
「イーレならいくらでもネタを提供してくれるぞ」
「そんな気はした」
「まあ、半年か1年かは、誤差の範囲だから気にしないけどな。つまり、俺は世間の情報から1年取り残されているってこと?」
「そうなる」
「1年程度ならたいして――ああああ!!手足の強化パーツの新バージョンを逃しているのかっ!!」
サイラスが突然、発狂したかのように叫んだ。
ディム・トゥーラは、危険な任務を率先して行う先発降下隊員の脳筋すぎる思考に、呆れた視線を投げた。
「一番に気にするところは、そこなのか?もっと気にすることがあるだろう?」
「…………中央の流行を把握し損ねた、とか?」
「そうじゃない」
「…………有給休暇の消滅」
「違う」
ディム・トゥーラは呻いた。
「イーレが弟子の不在にキレているとか?」
「キレてはいない。サイラスの再生状況を逐一尋ねてた」
サイラスは、それを聞いて機嫌を直した。覚醒時の立会いはなかったとはいえ、ドジを踏んで死ぬ羽目に陥った弟子を破門にすることはなさそうだった。
「で、現状は?ディムが俺なんかにかまっているってことは、カイル・リードは無事に回収できたんだろう?でも、イーレが地上に降下したのはなんでだ?1年で惑星の調査は進んだわけ?あ、もしかして中止撤退して、もう次の惑星のプロジェクトが始まって、違うところに移動してる?」
なぜだろう?ディム・トゥーラの顔色がどんどん悪くなっている。
「ディム?もしもーし?」
反応がなくなったディム・トゥーラの眼前で手をふる。立ったまま失神しているのでは、とサイラスは不安になった。
なぜか茫然自失していたディム・トゥーラは、ヨロヨロと通信端末を手にした。
「ジェニ・ロウ、所長、すぐに来てください。もう、俺の手に負えません。重大事故発生――多分、二例目だ」
どうやら、自分は何かやらかしたらしい――サイラス・リーの本能が警告を発していた。
「…………ちょっと、待って…………頭の整理が追いつかない」
多少のことでは動揺しない。
未知の惑星に調査降下する先発隊は、勇気と度胸と緊急時の判断力が求められる。降下したら肉食恐竜に囲まれたこともある。その状況で楽しめる脳筋ではないと、務まらない部署だ。
だが、さすがにこの異様な状況は動揺する。サイラスが面白がるレベルを遥かに超えていた。
「大丈夫か?」
「……なんか、怒り狂ったイーレに背後に立たれているような気分だ」
「その表現はどうかと思うが、激しく動揺して生命の危機感を抱いてる、という解釈でいいか?」
「……多分、あってる」
サイラスは力なく肯定した。