(26) 第1回メレ・アイフェス集合会議①
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「ちょっとごめんよ」
一言断ってから、カイルはリルの頬に軽く触れた。
こういうところがカイル様は紳士だなぁ、とリルは思う。平民のリルに貴族の子女に対するような心配りを見せて接してくれるのだ。
以前、カイルにそういう指摘をしたら、平民とか貴族とかの身分で態度が変わるエトゥールの身分制度の方がおかしいという不敬な体制批判に発展したことがあった。その場にいたリルと専属護衛のミナリオが慌てふためき制止したものだった。
遠い異国の賢者は、変わり者だった。
すぐにカイルの指先から優しい癒しの波動がリルの全身に流れ込んできた。これはカイルだけが持つ特技であることをリルは知っている。
さらに精霊をその身に宿すという事態になり、周囲に影響を与えないようにと、エトゥールの聖堂を改造して隠居のような隔離生活を送っている賢者の力は、強大だった。
ふと視線を落とすと手の甲や腕にできていた引っ掻き傷はゆっくりとだが薄くなっている。
不思議な癒しの技だった。
リルは息をついた。
優しく、気持ちよくて、安心できて――夢で見たあの黄金の海に似ている。
暖かく春の日差しに似た心地よさがリルの内部をゆっくりと満たしていった。
不意に、リルは急激に眠気を覚えた。
「リル、眠いかな?」
「…………はい」
カイルには、リルの眠気がばれているようだった。
メレ・アイフェスの前で眠くなるとは無作法の極みだったが、抗えない眠気はどんどん広がっていく。
「今日の予定は取りやめて、ここで休んでいくといいよ。マリカ、客間の用意をしてくれないか?」
「はい」
改造した聖堂内に複数新設された客間は、カイルに会うために訪れたメレ・アイフェス専用の宿泊部屋のはずだった。
「いえ、カイル様……」
「リルが休んでいる間にサイラスの精霊獣を預かって、イーレ達に渡すよ」
サイラスが選んだ――と言うよりは押し付けたに近いが――それぞれの主人に戻ることはいいことかもしれない。
「……お願いできますか?」
「うん。大丈夫、安心しておやすみ」
軽々と抱き上げられたような気がするが、リルはいつしかふわふわとした夢の中に落ちていた。
カイルが抱き止めたリルの身体を、専属護衛のミナリオが静かに抱き上げ、侍女のマリカとともに聖堂内の客間に連れていく。
それを見送ってから、カイルは隣に立つ伴侶を見つめた。
「ファーレンシア、使いを飛ばしてくれるかい?」
「はい、お相手は?」
「イーレ、シルビア、クトリ…………アッシュも該当するな。ここに来てくれるよう伝言を頼む。なるべく早くがいい」
ファーレンシアは、カイルの精霊獣と番である狼型の精霊獣をすぐに使いに出した。
カイルのトゥーラが移動能力を発揮できずにいる今、代理の使いとしてファーレンシアの精霊獣が使役されることが多くなっている。
それを見送ったカイルの精霊獣であるトゥーラが、役立たずの留守番状態にしょんぼりと呟いた。
――僕 役立たず
カイルの精霊獣であるトゥーラは、再会後、まだ移動能力を発揮できない状態だった。理由はわからない。
ロニオスの移動能力が枯渇しているのと、共通の原因があるのかもしれない、とカイルは考えていた。
「お前は僕のそばにいてくれるだけでも、役に立っているよ」
――本当?
「本当だとも。お前は世界を救うというあれだけのことを成し遂げたのだから、役立たずのはずがないだろう?まだゆっくりと休む時間だと思えばいい」
カイルの優しいいたわりの言葉に、身体が小さいままで成長がない子狼は、喜びを示す癖である複数の尻尾を全回転させた。
なるべく早くというカイルの我儘な招集に、全員がすぐに応じてくれた。
アッシュだけは、メレ・アイフェスの会合になぜ専属護衛の自分が呼ばれたのか怪訝そうな顔をしていたが、目覚めた5匹の仔竜の精霊獣を前に全てを察したようだった。
イーレもクトリも精霊獣が目覚めたことに驚いたようだった。
「呼ばれたわけは、これ?サイラスの精霊獣が目覚める前兆でもあった?」
イーレが当然の突っ込みをした。
「なかったよ、リルが言うには今朝、突然目覚めたらしい」
「なんか様子が変ですね?」
クトリが困惑したように言った。
「クトリ。自分の預かっていた精霊獣はわかるかい?」
「もちろんです。僕のは、この子ですね」
なんの迷いもなく、クトリは似た5匹の中の一匹をさした。
「私は、この子ね」
「アッシュは?」
「こちらかと思います」
「なるほど。クトリ、様子が変だと言うのは?」
「もう少し、僕に慣れていたと思うのですが、まるで初めて押し付けられ――あ、いえ、サイラスからいただいた時に近いような気がしますよ」
「そうね、私が焼き肉を想像して物怖じしない子だったのに、なんか怯えているわ。少し変ね?」
イーレは巨大な野生のウールヴェの極上肉に魅了された過去を持つので、精霊獣を見ると焼き肉を想像する悪癖を持っていた。
その投影に怯えてたいていの精霊獣の幼体は彼女から逃げ出してしまうのが常だった。