(22) 傷
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「カイル様あああああああ」
エトゥールの聖堂の分厚いドアがあき、養い子が飛び込んできた時、堂内にいた皆が驚いた。
宮廷作法を学び終えたリルがそんな行動に出ることはなかったし、年頃の少女である彼女が身だしなみを吹っ飛ばして寝癖のついた赤毛を振り乱し、汗まみれで登場となれば、ただごとではないことは皆が察した。
おまけに彼女はかかえるのがせいいっぱいであろう大きな蓋付の籐カゴを身体の前に抱いていた。
「リル?」
昨日の続きの図面を描いていたらしいカイルは、リルの出現に驚いたようだった。
「てっきり、アドリーの手配を済ませて夕方になるかと思ったよ。荷馬車改良にそんなに期待して――ちょっと、リル、その傷はなんだい」
すぐにカイルの専属護衛のミナリオがリルの荷物を引き取った。
リルは顔や腕にできた引っ掻き傷に指摘されて初めて気づいた。顔に手をあてうっすらと、汗と血が混じったものが付着することに、やや呆然とした。
「これはひどいですね……」
「……あ……」
「なんだい、この傷は?!何かに襲われたのか?!」
ミナリオとカイルがリルの傷位置を確認する。
手の甲や上腕、顎や頬に引っ掻き傷ができている。カイルが深刻な顔をしている。
「ファーレンシア、マリカ、すぐに傷を消毒して。それから癒すよ」
「はい」
侍女達がバタバタと治療の準備をはじめ、当事者であるリルの方が慌てた。
「あとで自分で消毒できます。それより――」
「リル、怖い話をしようか?」
いつになく、カイルの顔が怖かった。
「こ、怖い話?」
「こういう傷からね、雑菌が入ってね……」
「……はい?」
「平気だと思って油断して放置すると、傷口が変色してパンパンに腫れて、指先に血が巡らなくなって、腐り落ちてだね……」
「……ひっ……」
「痛みにのたうち回って、手を切断するしかなくなるんだよ」
「やだやだやだやだ」
賢者が言うと、怪談に近いリアリティがあり、ふだん和やかなカイルが無表情に淡々と語るところが、さらに恐怖を煽った。何せ彼等の知恵と知識は世界最高の物だし、カイルが嘘を言ってないことは、加護に目覚めたリルにはわかっていた。
リルはぎゅっと目を閉じて両手で耳をふさいだが、なぜかカイルの語った状況が鮮明に浮かんだ。
「カイル様、そこまでにしてくださいな」
ファーレンシアが伴侶の行動を嗜めた。
「リル、でもカイル様の言っていることは、本当なんですよ?シルビア様の施療院で、足に傷があるのに無謀にも泥水の中を歩いて、雑菌が傷から入り込んで、足が丸太のようにふくらんだ男の人がいて――」
「ファーレンシア様、さらに脅してどうしますか?」
やんわりと今度はマリカがファーレンシアをとめて、シルビアから預かっていた消毒薬で綿花を濡らした。
リルはさらなる追撃で涙目だった。
「あら」
ファーレンシアは口に手をあて、言葉を止めた。
リルは半べそでガタガタ震えていた。
「ちょっと沁みますよ?」
マリカが警告して消毒薬を浸した綿花でリルの傷に触れていく。
「痛っ!」
「ちょっとの間、我慢してくださいね。あとでカイル様が癒せば、傷も残りませんから……」
「リル、どうして怪我をしたんだい?これは転んでできる傷じゃない」
「ウールヴェが……」
リルの言葉に全員の視線が彼女の足元に控える白い子狐型の精霊獣に集中した。
リルの精霊獣は思わぬ誤解に、人間臭くわたわたと慌てふためいた。
――違う
――違う
――違う
『その子狐ではない』
――その子達じゃないよ
白猫と子狼姿の精霊獣とが的確な通訳と助け舟をだした。
子狐達はシンクロしたようにコクコクと必死に頷き濡れ衣を晴らそうとしていた。
「ロニオス」
『犯人はそっちの籠の中だ』
全員が籐籠に注目する。
カイルは物怖じせずに、大きな籐籠の蓋に手をかけた。
カイルが蓋をあけたとたん、五つの影が飛び出した。だが、カイルはその行動を先見していたようだった。
五つの影は、見えないガラスに勢いよくぶつかって、その激突衝撃でへろへろと床に落ちた。
カイルが逃亡防止に周囲に防御壁を張り巡らしたためだった。
床には気絶した仔竜の山ができた。
「サイラスの精霊獣じゃないか」
床にしゃがんで、検分して襲撃犯の正体を悟ったカイルは驚きの声をあげた。
「ようやく起きたのか……リル、まさか彼等にやられたんじゃないよね?」
「……そのまさかでして……まあ、籠にいれて、運ぼうとした私が悪いんですけど……思いっきり抵抗されて、ほぼ大乱闘状態でした……」
「そんな馬鹿な」
カイルは眉を顰めた。