(20) 覚醒
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頭をスリスリと身体に何度もこすりつけ親愛の情を示したあと、耳の大きな子狐は、リルをじっと見つめてきた。
――大丈夫?
ものすごく心配されている―― そんな心象がリルの脳裏に浮かんだ。
「うん、大丈夫だよ」
リルは精霊獣を優しく抱きしめた。
まるで高級純毛でできたぬいぐるみみたいに、顔にあたる毛並みは柔らかく心地よかった。
すごく安心する。
これがウールヴェと主人の間にできる絆というものかもしれない。リルはウールヴェの考えていることがわかり、ウールヴェはリルの精神状態を理解し気遣うのだ。
精霊獣を抱いていることで、夜の寂しさが変化をした。リルはそのまま、サイラスの寝台の上で目を閉じた。
その夜、リルは夢を見た。
目の前に黄金色の海が広がっていた。海面がきらきらと宝石のように光を反射している。
リルは砂浜の波打ち際に立っていた。
彼女は現実で見たことのある東国の海との差異にすぐに気がついた。透明度の高い海水までが金色を帯びている。海底の砂の色を反射しているわけではなさそうだった。
夢の中で夢だと自覚できるのも不思議だった。これは間違いなく夢だ。
金色の波が打ち寄せる砂浜にいるのは、リルだけだ。そこはまるでリルにだけ与えられた楽園のようだった。
光輝く海は、初めて見るはずなのにどこか懐かしい光景だった。その懐かしさがどこからくるのか、リルにはわからなかった。
確か精霊獣を抱いていたような――手元に精霊獣の姿はなくリルは独りだったが、いつものような寂しさはなかった。夢だから都合よく処理されているのだろうか?
波が寄せては引いていく。
単純な繰り返しだが規則正しい波の音があたりに響く。
心地よい。
どこかカイル様の癒しの波動に似ている――リルはそう感じた。
リルは足元を見た。裸足だった。これで革靴が濡れる心配は無用だ。
数歩すすんで、足首まで不思議な波に浸かってみる。
癒しの心地よさが増したので、問題ない、とリルは判断した。
リルはしばし、夢の中の水泳を堪能した。
泳ぎながら、観察をし、やがて気づいた。黄金の海には生物が存在していない。泳ぐ小魚もそれを狙う大型魚も海底には海草すら生えていない。
だが不気味さとは無縁だった。
リルの心身の回復は明瞭だった。
大災厄後のサイラスを失った最大級の悔恨は癒されて、心の重圧が軽くなった。
この夢を起床後に覚えていて、カイル様に報告することができるだろうか?――リルは少々不安になった。夢は起きると忘れやすいものだ。
そんなことを考えながら泳いでいたリルは、ふと下を見て息が止まりそうになった。
海底の砂に横たわっているのは、養い親のサイラスだった。
「サイラス?!」
驚きの声をあげたリルは、思いっきり水を飲んだ。苦しい。快適なはずだった夢は、リアルな呼吸困難に陥った。
サイラスは死んだように横たわっている。
いや、実際にサイラスは死んでいる。
夢でもいいから会いたいと願ったのは、リルだ。
リルは慌てて海面から顔を出し、呼吸を整えてから潜水を試みた。
サイラスは変わらず海底に横たわっている。
「サイラス、起きて」
反応はない。
「サイラス、起きてよ」
夢だからか?
現実には死んでいるからか?
夢なら夢でいい。
「サイラス、私を見てよ!私はここにいるからっ!起きてよ!」
その瞬間、耐え難い浮力を味わった。渦が巻き、リルの軽い身体を簡単に浮上させ、サイラスとの距離が広がった。
「サイラス!」
海底に横たわる黒髪の青年の目が開いたような気がしたが、夢は暗転した。
窒息しそう。
苦しい。顔を何かが圧迫している。
気がつけば、リルの顔の上に小狐集団が乗っている。
耐えかねて、リルは飛び起きた。その勢いで精霊獣がぽてぽてと寝台の上に散開する。
「……ひどい……窒息して死んじゃうよ……」
リルが文句を言うと、なぜだが小狐三匹は『褒めろ』とばかりに胸を張って自己主張をする。意味不明である。
夢で海水にむせて苦しい思いをしたのは、この子達が顔に乗っていたからかもしれない。
相変わらず精霊獣達はドヤ顔だった。
「はいはい、何を褒めればいいの?」
リルの問いに、彼等は綺麗にシンクロして左を向く。
その視線の先を追いかけて、リルはポカンと口を開けた。
5匹の翼の生えた爬虫類は、それぞれの方向に顔を向け、大きな口をあけ起き抜けの欠伸をしていた。




