(2) 記憶
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シルビア・ラリムではないのか……。
いつもは、イーレとワンセットで医療担当の銀髪の氷姫が面倒を見てくれていたが、どういうことだろうか?
主治医のシルビア・ラリムを口説くと、イーレに半殺しにされるのはわかっていたし、「難攻不落の氷姫」とあだ名される彼女は、そもそも口説き文句になびくような存在でもなかった。
なにか医療担当者が交代になるような不祥事を自分はやらかしただろうか?
…………過去の行いを省みると心当たりがありすぎて、サイラスには理由を絞り込めなかった。
瞳孔検査、筋力検査、麻痺の有無、知能検査……あらゆる検査に当事者のサイラスの方が飽きてきた。イーレが登場しないことにも不満がつのる。
「だいたいなんで、男性の医療担当者なわけ?華がない」
「明後日の方向の文句を言うな」
ずっと立ち会っているディム・トゥーラの反応は相変わらずそっけない。いや、何かイライラしているようだった。また、カイル・リードが何かをやらかして、後始末に奔走しているのだろうか?
「観測ステーションでは、サイラス・リーに女性医療担当者をシルビア以外つけるな、とイーレから厳命されている」
「なんだよ、それ」
「お前が女性医療担当者に口説かれて、ほいほいと関係を持つからだろう」
「それは研究都市での話だろ?」
当事者に反省の色は見られない。
「観測ステーションでは、狭い世界だから女性に口説かれても関係を持つなって、イーレに厳命されていたし」
「…………だからトラブルが未発生だったのか……今度、イーレに感謝しないと……」
「もしもし?だいたい、俺から口説いてないよ?最初から遊びだって宣言してるし、それを相手も了承しているし」
「それがどうして、毎度トラブルになるんだ?」
「たいてい、女の方が『私とイーレ博士のどちらが大切なの?』って言いだすか、結婚を前提に付き合いたいと言い出して、ジ・エンド」
「――そういうことか」
ディム・トゥーラは、深い溜息をついた。サイラス・リーの価値観である「師匠最優先」を覆すことは、普通の女性では難易度が高すぎることは理解できた。
「俺は悪くない」
「悪いか悪くないかは、イーレに判断をゆだねようか?」
「それで、どのみち俺はイーレに殴られるわけね……イーレはどこだ?」
サイラスの言葉に、ディム・トゥーラは唇に人差し指を立てて、静かな警告をした。
ディム・トゥーラがプライベート・モードに切り替えたことにサイラスは気づいた。記録を残したくないらしい。
たかがイーレの話題で不可解な行動だった。
それとも、イーレは別室からモニタリングをしていて、悪口を言ったとたん、長棍片手に殴り込みにくる準備をしているのだろうか。
ありうる。
だが、ディム・トゥーラは意外なことを言った。
「イーレは戻っていない」
「あ、そうなの?薄情だなぁ……弟子の再生退院に立ち会わないのかよ」
サイラスは子供の様にむくれた。
「彼女は多忙だ。実際、治安が悪くなってな……」
「治安?研究都市で暴動でも起きたわけでもあるまいに……」
「馬鹿、地上の話に決まっているだろう」
「地上?」
サイラスは眉を顰めた。同じくディム・トゥーラも眉を顰めた。
「まだ、記憶が混乱してるのか?」
「地上って、なんの話だ?」
「イーレがいる地上の話だ」
「はあ?!」
サイラスは驚きの声をあげた。
「地上嫌いのイーレが、地上に降りるわけがないだろう?!」
ディム・トゥーラは、サイラスの顔をじっと見つめる。
「時系列の混乱か?最後の記憶はなんだ?」
「えっと…………」
サイラスは記憶をたどった。
「倉庫で体内チップの在庫をかき集めてたな。あ、そうそう、地上で発見されたカイルの馬鹿が体内チップを全消費して、お前が青ざめていたんだ」
「……………………そこは消去していい。それから?」
「在庫チップを持って、シルビアが地上に降下した。降下なら俺の方が専門なのに」
「それから?」
「――そうだ、シルビアの移動装置が帰還寸前に破壊されたんだ」
サイラスは手をうった。
「あってる」
「そんで、ディムが残留研究員達をいいように、こき使っていたな。地上文献なんて、どうやって入手したわけ?」
「そこは消去でいい」
「そうそう、移動装置を改造して耐久性をあげたよな?思い出してきたぞ」
ディム・トゥーラが、なぜかほっとした表情を見せた。
「ああ、俺は退屈で死にそうだったから、降下に立候補したんだ」
「あってる」
「それで、降下して――死んだ」
「…………………………」
ディム・トゥーラはサイラスを睨んでいた。
「そういう、おふざけはいらん」
「へ?」
「時間がもったいないと言ってるんだ」
「え?いや、なんで怒っているんだ?」
カイル・リードは、ディム・トゥーラをよく怒らせていたが、意外に彼は度胸があったのでは、とサイラスは思った。
ディム・トゥーラの怒りの威圧波動は、周囲を圧倒していた。怖いもの知らずの先発降下隊の一員であるサイラスでさえ、冷や汗をかいた。
目の前に人喰い虎か灰色熊がいるような絶対絶命の危機だった。