(19) 寂寥
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リルはサイラスがかつて使っていた寝台に腰をおろしと、精霊獣を見下ろした。爬虫類の蜥蜴に似た精霊獣は硬い鱗におおわれ、肩に乗るくらい小さい。特徴的なのは、蝙蝠のような飛膜の翼を持っていることだ。
アッシュは北方にはこのような生物が生息しているとリルに教えてくれた。翼竜の姿を模しているらしい。
サイラスの精霊獣であるその小さな翼竜達は、ずっと眠りについたままだった。
不思議なことにその身体は透明さを増していて、まるでガラス細工のようだった。知らない人が見たら、貴族向けの精巧な芸術品だと勘違いするだろう。
このまま完全に透明化したら、消えてしまうのだろうか?
リルは恐る恐るその身体に指で触れた。
わずかな鼓動と温もりが、リルの指に伝わる。それが彫像ではない唯一の証明だった。
リルは、ほっと安堵の吐息をもらした。
生きてる。
眠っているだけだ。
まだ消えない。
起きる気配がないにしても、サイラスの精霊獣が変わらず存在していることが、今のリルの心の支えだった。
リルは毎日、この存在を確かめるだけに家に帰ってきていた。
リルのウールヴェ達は、腕から離れると、いつもの定位置に戻って行く。眠り続ける彫刻の翼竜を温めるかのように、囲み身体をからませ、温もりを提供するのだ。
まるでサイラスを慕っていた自分そのものだった。
サイラスが養い親であることを選択してくれた時から、リルの世界の中心はサイラスだった。
彼がいることで様々な縁が紡がれた。この精霊獣達ですら、そうだ。
リルは、こてりとそのまま寝台に寝転んで、精霊獣が眠る様子を見守る。
「……サイラスの嘘つき……」
思わず愚痴がもれる。
「私を残して死んだりしない、って……言ったじゃん」
その約束は破られた。
だが原因は、父親と暮らした森の小屋に数日滞在したいとリルが言ったためだ。
あの時、素直に王都に戻っていれば、周辺一帯を焼き尽くした火砕流に巻きこまれずに、サイラスはまだ生きていただろう。
それからの記憶は曖昧だ。リル自身も死に瀕したらしいが、メレ・アイフェス達が手を尽くしてくれた。全身に火傷を負ったと言うが、その傷跡すら残っていない。
ただサイラスだけが、死んだ。
自分のせいで、サイラスが死んだ。
その事実だけは、リルの心からどうやっても拭うことができなかった。
リルはサイラスが使っていた毛布に蓑虫のようにくるまった。
死んだと思われた初代ロニオスが違う精霊獣の姿で復活してきた。サイラスも精霊獣の姿で復活するのだろうか?
サイラスが仔竜の姿で復活するところを想像して、リルは一人クスクスと笑った。
可愛いかもしれない。だが、可愛いと言うときっとサイラスは拗ねるだろう。
おまけにサイラスは精霊獣を苦手としていた。5匹も幼体と縁を結んだくせに、世話に関しては完全に他者に丸投げしていた。サイラスと精霊獣の間に絆があるか、と問われれば、関係者全員が否定的な意見を出すことだろう。
毛布にくるまりながら笑っていたリルは、やがて虚しくなり吐息をついた。
想像は想像でしかない。現実は残酷だった。
サイラスは、もういない。
帰ってこない。
会えない。
寂しい。寂しい。寂しい。
いつも抱き上げてくれた力強い手はここにない。
リルの定番のシチューを好んでリクエストをくれた彼はいない。
卓で寝落ちすると、優しく寝台に運んでくれた。リルはそれに気づいて時々、狸寝入りして運んでもらっていた。
もしかしたらサイラスはリルの小細工に気づいていたかもしれない。だが、変わらず運んでくれた。それは二人だけの遊戯に近かった。
寂しい。
こんなに寂しい思いをするなんて、つらい。
でも――。
サイラスに出会わなければよかった、とはリルにはどうしても思えなかった。
サイラスとの思い出は、いつでも光輝いている。
楽しく、驚きに満ちて、リルを囲む世界が広がった。孤児が保護者を得て、教育まで受けられるという信じられないほどの幸運に恵まれた。
いつかエトゥールに店を出したいという願いは叶えられた。舞踏会の三曲目はサイラスに踊ってもらえた。
その思い出は、いつでもリルの中で色あせずによみがえるのだ。
だが、リルの世界の中心であったサイラスはいない――。
その大いなる矛盾が、どうしようもなく辛かった。
リルの精霊獣の一匹が起き上がり、リルの元に移動してきた。まるでリルの心情に反応したかのようだ。短く鳴き、ごそごそと毛布にもぐりこむと、器用にもリルの胸元まできた。