初心者殺し
突然背中にドンっという衝撃と痛みが与えられた。
「ぐぼはぁ!」
体が吹っ飛ぶ。いったい。
見ればHPがすごいスピードで減って、1になっていった。
わけがわからないまま、慌てて確認すると、そこには1匹のモンスターがいた。
黒ずんでいる汚れた毛並みで、ひどい匂いをさせている。
「うっそでしょぉ」
『イビルドッグ』
まだレベルの低い鑑定では名前しかわからないが、存在は知っていた。
最初の町なだけあって、ルーズの町周辺には基本Lv1〜3の弱いモンスターしかいない。
そのたった1つの例外が目の前にいるコイツ。イビルドッグ。通称初心者殺し野郎。
今のところ誰も倒す事ができず、数多くのプレイヤーを葬ってきたヤバいモンスター。
遭遇したら運が悪かったと思って諦めろ、と攻略版で書かれていた。
奴が野郎なんて言われてるのは、ただ強いだけじゃなくその攻撃にあった。
「あっ・・・・・・無くなってる!」
警戒しつつ自分の持ち物を確認すると、ナイフが無くなっていた。
そう、コイツ、人のアイテムを盗みやがるのだ。
何が盗まれるのかは色々だが、人によっては『本職ガチャチケット』で手に入れた、高レアアイテムを持ってかれる事もあるらしい。
その上最後には殺される。仲間を集めて数で報復しようにも、大人数でいると現れないらしい。
とても頭も良い犬なのだろう。
どうしよう。
とりあえず低級のHP回復ポーションで回復したが、このままじゃ私もリリスも殺られる。勝つのも逃げるのと無理だ。
・・・感情視で感じてる事がわかれば、打開策が何が浮かぶかも。
【 楽 】
「私ぶちのめして楽しんでやがんなコイツ!」
む、ムカつくぅ!心なしか口も笑ってる気がするアイツ。
「ガル」【 哀 】
「何で急に哀しんでんの!?」
今の一瞬で一体全体何が起きたの??
「グルゥア」【 怒 】
「今度は怒るじゃん情緒不安定かよ!」
いや、ふざけてる場合じゃないなこれ。ほんとにまずい。今にも飛びかかってきそう。ちゃんと考えないと。
まず最初の楽。これは私を笑ってる感じで間違い無いと思う。
次の哀。どうしてそうなった、哀しむ要素どこ?いや、思考を止めるな。・・・もしかして盗んだアイテムか?
例えば相手のアイテムをランダムで盗むスキルで、盗れたのが欲しいのじゃなかったから、悲しくなった。
そう考えたら、次の怒もわかる。多分逆ギレしてんだコイツ。
じゃあコイツが欲しい物を差し出せたら、落ち着かせられる?犬の、獣の欲しがる物・・・
「おい!これをやる!」
ホーン・ラビットの肉を取り出し、奴に向けて投げ渡した。
イビルドッグは最初は警戒していたが、やがて吹き出しの中を【 喜 】にして、美味しそうに肉を食らい始めた。
「やっぱ肉だったか」
まあ野生の獣が欲しがるものとか、それくらいだよな。
あっという間に食べ切ったアイツは、立ち去らずその場で座り、私を見つめていた。
「・・・・・・はい、2つ目」
「ワンッ」【 喜 】
「急に犬全開になるじゃんさっきまで獣丸出しだったのに」
その後も追加を求められ、しょうがなく渡し続ける。
「ワンワンッ」
「さっきので肉は無くなったから、もう無いからー」
「ガルッ」【 怒 】
「怒んないでよぉ」
12個全部差し出したのに、まだねだってくる。マジでもう無いのに。
「キュー」
「リリスまでどしたの?」
手首に巻きついたまま、袖をぐいぐい何かを訴えている。
何だろう?・・・もしかして、あれか?
「リリス、もしかして使い魔フード食べたいの?」
黄色いお団子みたいなフードを、1つ取り出して手のひらに乗せる。
「ガウガウ!」
「ぎゃあ!ちょ、やめ、これはリリスのだから」
でもリリスは首?を振っている。もしかして、コレをあげようってことだろうか。
でもリリスの、私の使い魔用に買ったものだしなー。
殺意が鳴りを潜め、寄越せ寄越せとじゃれついてくるイビルドッグを見ていると、ある欲が湧いてくる。
かつて、私が初めて飼いたいと思った動物は、犬だった。
「コレは私の使い魔の物だよ。・・・でも、君がテイムされてくれるなら、あげる。コレだけじゃない。肉とかも、手に入れたら君に優先的に渡すよ」
気に入らない、と激昂して噛み殺されるかもしれない。
でも!!
「どうかな?」
彼は少し考えるようにグルグルその場で回る。
そして、私の目を見つめながら、その場でぺたりとお座りした。
これは、オッケーだろ!
「じゃあ、いくね。『テイム』」
〈イビルドッグをテイムしました〉
〈従属魔法Lv1がレベルアップしました〉
やったあ!成功した!2体目も無事にテイムできたおかげで、従属魔法もレベルアップした!
彼は喜ぶ私に目もくれず、手の上に乗せたままになっていた使い魔フードを食べていた。
「ガウガウ」【 喜 】